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プーランクについてその2

ギヨーム・アポリネール
ぼくの好きなプーランクの歌曲作品に「モンパルナス」と言う曲がありまギヨーム・アポリネールす。ギヨーム・アポリネール1912年の詩につけられたこの曲は、1941年から1945年までかかって作られたそうです。もちろん、ずっとこの作品にかかりっきりだったのではなく、詩の中のある語句ある、フレーズに旋律をつけて、しばらく取っておく。そして、また取り出して違う部分を継ぎ足していく。そんな手法で4年の歳月をかけてこの曲は作られたそうです。
例えば、「ドイツの叙情詩人」と言う部分にまずメロディが付けられ、その次に「あなたは舗道の敷石を知っている」と言う部分、最後に「ぼくに一週間ホテルの部屋を下さい」に付けて作曲を終わったそうです。

プーランク自身の言葉を借りれば、それが「歌曲」の手法なのだそうです。彼における言葉と音楽の関係を表わす神秘的な一面だと思います。言葉と音楽の関係はこれといった確立されたメトードがあるわけではなく、もっとも神秘的な領域に属することだと思います。こればかりは解明出来ない。詩を読む時に一体何をイメージするのか?言葉の音から響きから何を感じ取るか、同時に印刷された言葉から何を読み取るか?こればかりは作曲家が残した言葉と音楽を頼りに我々が想像するしかないのです。

ホテルの前に二つの観葉植物、それは決して花を付けず実を実らすことはない、で始る言葉は秘密めいた象徴的な意味があるようです。努力が実ることのない芸術家の悲哀を語っているようですが。わかりません。その後でチラシ配りの髭の男が「かつてこれほど美徳が禁じられたことがない」と小声で語る部分と合せて作者の同性愛を歌っている、とも言われますが、本当のことは定かではありません。

私が、この作品を通して感じることは、プーランク自身が持っている痛みや苦しみがアポリネールがかつての友人だったマックス・ジャコブとのパリでの生活を思い出して感じた友情の痛みと共鳴して産出されたように思います。すなわちその感情には普遍性がありぼくの痛みに共感するわけでしょう。理解することと共感することは違います。どんなに詩の音楽の意味を探っても共感がなければそれは虚しいことだと思うのです。
続く