昨年12月にサントリー小ホールで歌ったプロのうち、お気に入りの1曲です。
プーランクは自分の声には扱いやすい作曲家です。
彼の歌曲は、明快にジェンダーの違いが表現されていて、それが自分の感覚には合っていると
思っています。
というか、表現にジェンダー差のない抽象的に美しいメロディがもっとも難しいといえますが。
今年の6月には、表参道のカワイでジョイントコンサートになりそうです。
プーランクの「陽気な唄」が歌えそうなので、今から楽しみです。
昨年12月にサントリー小ホールで歌ったプロのうち、お気に入りの1曲です。
プーランクは自分の声には扱いやすい作曲家です。
彼の歌曲は、明快にジェンダーの違いが表現されていて、それが自分の感覚には合っていると
思っています。
というか、表現にジェンダー差のない抽象的に美しいメロディがもっとも難しいといえますが。
今年の6月には、表参道のカワイでジョイントコンサートになりそうです。
プーランクの「陽気な唄」が歌えそうなので、今から楽しみです。
この曲は判る人は判るでしょう。フォーレやドビュッシーや、アーンが曲を付けている
ヴェルレーヌの詩に、レオ・フェレが曲を付けました。
良い悪い、好き嫌いは別にして、フランスの近代歌曲が、シャンソンでも聴けるというのは
実にすばらしいではありませんか!
たとえば・・・山田耕筰の「からたち」に、J-Popの歌手なり作曲家が曲をつければ、どんな
曲になるのかな?
そんなアイデアはあっても良いと思います。
個人的な想いですが、この人の曲想や音、雰囲気にパリの少し華やかな街並みや
匂いを思い出します。
街の力ってすごいな!と思います。そんな風に世界の人に、片思いの恋人のように
思われる街はそうそう世界にないのではないでしょうか?
時々思うのですが、パリでだったら野垂れ死にしても幸せなんじゃないのか?と。
明けましておめでとうございます。
今年もアトリエムジカCをよろしくお願いします。
このお囃子風景は、地元の神社で元旦に撮影したものです。
私は子供の頃からこの江戸囃子が好きでした。
江戸囃子に限らずで、このような民俗芸能や邦楽が大好きです。
このお囃子の楽しさは、ジャズと一緒で「後打ち」の軽快さにあるでしょう。
良く「日本人は後打ちが苦手だ」と言われますが、それは個人的な問題のすり替えだと思っています。
何でもそうですが、「日本人は〜だ」という云い方をすると、普遍性、客観性が感じられる、
一種のすり替えの論理だと思います。
このような言質に騙されてはいけません(笑)
アトリエムジカCのみなさんには、声楽の楽しさをこれからも、引き続き伝えて行きたい。
その意味で、このスタジオをやっています。
単に発声の進歩がどうの、とか、正しい発声法がどうの、だけが目的ではないです。
そのこともとても重要ですが、そのことだけが目的ではない。
最初にこのスタジオを立ち上げる時に思ったことは、CDを聴いてうんちくを垂れる人間ではなくて、自分がやること、自分が歌う楽しさを見つけてほしいということでした。
それは、実は楽しいだけではなく、楽しさの倍くらいの苦しさや難しさがあるのだけど、
その苦労を通して、ただこたつでミカンを食べながら聞くだけの音楽から、自分が演る音楽の素晴らしさを体験できることを知ってほしかったのです。
私がやっていることなどは、本当にちっぽけなことですが、ネットを通してかなり広まって来ていることも事実だと感じています。
大げさですが、私達いわゆる「日本人」の悪い面があるとしたら、それは、音楽を自分が演奏して楽しむことを通じて変わって行ければ素晴らしいな、と思っています。
追記:長らくコメント機能が停止になっていたこと、気づきませんで大変失礼しました。意図的ではなく、スパムコメントがあったので、一端停止にして、再開するのを忘れていました。お詫びして復活しておきます。コメントもどうぞよろしくお願いします。

私が歌うコンサート。今年最後です。
毎回フランス歌曲で、難しい・ムジカシー・ムジカCと呼ばれる所以です。
フランス歌曲が難しいのではなく、私が歌う歌が難しいのでしょう。
私が歌う「心の動き」と題した歌曲集の中のプーランク作曲による「マズルカ」ですが、この歌曲集自体は、1949年作で、数名の作曲家が集まって作られた歌集です。
ショパンの没後100年を記念したものだそうですが、詩はルイズ・ドゥ・ヴィルモランによっています。
ルイズ・ドゥ・ヴィルモランといえば、プーランクがいくつか曲を付けています。
まとまったもので云えば、女声用のFiancaille pour rireという歌曲集が有名ですね。
どうも、女性的な詩ですが、いかにも1930年代を想起させる、少しフェミニズムと
俗っぽさが入り混じったような、雰囲気のポエムが多いです。
この歌曲集、アメリカ人バス歌手に依頼されて作られたようで、全編、へ音記号の曲ばかりです。
私が歌う3曲とも、音域は低いですが、中でもプーランクの「マズルカ」はあからさまにバス用で、
少々歌うのに難儀します。
しかし、私のような廃バリトンも、50も半ばを過ぎると低音が出るらしく、以前歌った時に比べると、声が響くようになりました。
これは見物、いや、聴き物でしょう!
「マズルカ」は3拍子で、ちょっとロシア民謡風なメランコリーでありながら、プーランクらしい優雅で都会的な雰囲気の曲です。
さすがに、プーランク!ミーハーっぽさを忘れていません。
プーランクの面目躍如ですね。
あとは、大曲は、デュパルクの「フィディレ」でしょう。これは、オケ伴でもやるくらいのスケールの大きい曲で、オペラアリアを思わせます。
モラーヌ師は、ブレスの長さを誇って歌ってますが、私にはとても真似出来ません。ただ、その分、モラーヌより声は重いかもしれません。
あとは、アーンの作ったEtude Latineという歌曲集。
これは珍しく合唱付きです。
ぜひお越しください。
最近寺山修司さんのことをyoutubeを中心に追いかけていますが、とても興味深いです。
彼が活躍した時代は、ぼくが中学の頃から2つの大学に行った、まさに青春時代のこと。
同時代の頃は、漠然と映画を見たり、書いた文章を読んだくらいでした。
しかし、今改めてよく調べてみると、非常に面白い。
この動画の中で、彼が「あらゆる人間は俳優である」と言ってます。
杉村春子が「女の一生」を演じるのを見るより、角のタバコ屋のおばさんが、人生を語るのを
聴く方が面白い、と言ってますが、我が意を得たりでした。
アトリエムジカCの歌い手のみなさん、自信を以て自分の歌を歌ってほしいと思います。
プライベートタイムはお聞きのようにJazzVocalを聴くことが多い。
このジミー・スコットさん、実は今年まで知らなかった。
わたし、こういうの聴くと痺れるんですよ。なんとも豊かな気分になれる・・・
Jazz Vocalは、女性・・・と決め込んでいたが、確かにチェット・ベーカーもミックスボイスの
魅力だし、ソウル系は、スタイリスティックスや、ミラクルズ、テンプテーションズ、いずれもファルセットがリードヴォーカルだから自分バリトンのくせしてほんとは高音が好きなのかもね(笑)
ゲオルギュー歌う「宝石の歌」生徒に教えるんで色々動画を見て研究しましたが、
一押しかと思いました。
古い人も良い人たくさんいますが、今の時代にはこの人の歌声、受けるんじゃないかなと思います。
ネトレプコも素晴らしいですが、少々中低音が暗くて立派すぎる。
このアリアのキャラクターは、あまり立派すぎる声もちょっと?と思いました。
ところで、この歌より難しいアリアはたくさんありますが、このアリアをこのように歌えるか?
といえば、そうそう出来ることではないです。
こういうことをもっと勉強してほしいんです。
ミレッラ・フレーニのこのアリアも見ましたが、素晴らしいものでした。
フランス語はきちっとしていますし、伸びやかな中高音の声は、惚れぼれします。
やたら高音高音と騒がないで、このくらいのアリアをこのように素晴らしく歌えることを
確実に出来ることだけでも大変な努力と時間が必要なんです。
オケもそうだけど、技術に合わない難しいブラームスだのマーラーだの、やり過ぎ(笑)
モーツアルトのディヴェルティメントですら、まともな弦の音が出せないのに、どうして
そんな難しい物やるの?と思ったこと多々ありました。
ところでこの方の歌う口の動きに注目してほしいです。
下顎が絶対に前に出ません。
最近時々見かけますが、下顎を前に出して発声する癖のついている人がいます。
これは非常に良くないです。
下顎は自然に、やや後ろに引くように降りるのが自然です。
なぜなら顎関節を中心に下顎が降りるときは円を描くように降りるからです。
発声は、特殊なことをやるのではなく、人間の肉体の生理にかなった、動きが基本です。
それから、Coquetteと発音する時の広いEの発音も。
これもみなさん良く研究してほしいと思いました。

10月8日に大倉山記念館で行われました、ムジカCコンサートも、無事に終えることが出来ました。
このホールは今回で3回目でしょうか。
会を重ねるごとに愛着の増す、古いホールです。
響きは良く響くわけではないですが、耳障りな音がしないホールです。
ピアノと声のバランスでは、ピアノがうるさく感じない、と私は個人的に思っていて、その点が気に入ってます。ホールによっては、ピアノの音が妙に共鳴して聞こえる所があり、うるさいものなのです。
ホールと言うのは、残響があれば良い、というものではないです。
むしろ、残響が音楽に邪魔な場合が多々あります。
歌う人は、力まないで良いように思いますが、下手な歌が増幅されるだけで、何も良いことはありません。横浜にある某ホールも良く響くけど何が良いのかさっぱり分かりません。
パリのパレ・ギャルニエ(旧オペラ座)も古いですが、ここも残響時間が長いわけではないのですが、響きが広いホール隅々にまできちっと行き渡る感じですね。
生徒たちの演奏は、感動したこともありましたが、正直、がっかりしたこともありました。
私は本番の演奏に上手い下手などは問うつもりはないですが、教えたことが吸収されてないのが一番がっくり来ます。
生徒たちも一所懸命やりますが、教える私も一所懸命教えるのです。
自分のことも含めて、今回はちょっと疲れたので、講評は1週間くらいかかりそうです。
母校の校歌です。
久しぶりに古いアナログレコードの棚を調べていて、偶然出てきた、小学校卒業時の
記念演奏のレコードだ。
昭和43年だから、もう43年前!
改めて聴くと何度聞いても心がすがすがしくなる。
その意味は2つあって、1つはなんの疑いもなく歌った歌は、身体に染みついているものだということ。
もう1つは、この頃の校歌はまだ明治の匂いがしていて、そういう時代の気風が残っていること。
ぼくたちは、大げさかもしれないが、そういう気風によって育てられたのだ、と思うのです。
もう一回、ぼくは自分が歌うことを、こういう歌の世界に戻して見たいと思う。
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