写真の最近のブログ記事
地元にも桜の見どころがたくさんありますが、私が好きな場所がここ。
普通の住宅街の一角ですが、道がS字になっていて、大きめの桜が
個性を出しています。そしてカーブを過ぎると一直線に桜が見通せます。
この桜は、駅が新しくなった時に、立派な古木をぜんぶ切り倒して、植え替えたものです。
その時はもったいないことをしたものだ、と思いましたが、あっという間に立派な桜になりました。
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今年は地震騒ぎで、1カ月過ぎましたが、何とかここまで来たかと桜を見て
ほっとしています。
1年後にもまた桜を見て、思い出すこと、振り返ることが出来れば良いなと思います。
海芝浦という駅を知ってますか?
鶴見駅から支線の鶴見線に乗り、更に川崎の工業地帯に分け入ったその突端にある終点駅です。
この駅は、一般客用というよりは駅から直接入るようになっている東芝の工場専用の駅、と言ったほうが早いです。
昭和15年、鶴見臨海工業線として開設されたのが由来とか。
現在は東芝の工場への専用線として使われています。
もちろん、社員以外も乗って良いのですが、一般客は降りられないのです。
なぜなら、改札から外は直ぐに東芝の工場敷地内になり、守衛さんが厳重に見張っていますから。
海に面した都会のただ中の駅、というシチュエーションとして、ロケなどでも良く使われているようです。
以前から一度行ってみたいなと思い、たまの休みでしたが意を決して行って来ました。
自宅から1時間もかかりません。
こんな近い所でも意を決さないと行けないのはどうして?と自分でも思います。
でも、きっと仕事がなくなって、暇を持て余すようになったら行かなくなるんだと思います。
意を決して行けるうちが、はな、ですね。
先日は、車で軽井沢まで往復して来ました。
この仕事はもう20年以上続けて来ました。
そして、今回の往復が、仕事としての軽井沢往復の最後となりました。
この軽井沢往復の街道沿いの風景は、仕事での寸暇を惜しんで、車からちらと見ればこそ、胸に深く刻まれたのだな、と改めて思います。
もしこれが、遊びであったなら、これほど深く胸に刻まれることはなかっただろう、と思います。
意外と切羽詰まった気持ちの時には、脳味噌のテンションというのか、鋭敏になるのだと思います。特に車を運転中は、独特のハイな状態になりますので尚更でしょう。
これは、妙義山塊の西端にある、立岩というところです。
この日は曇り空のせいで、光が綺麗に廻ってなかなかシックな紅葉風景と岩場のせいで、
日本離れした景色になりました。
火曜日は久しぶりの一日完全休暇日となり、思い立って三浦の海巡りをして来た。
ちょうど車検を上がったばかりの愛車のテストもかねてとなった。
車を走らせると、ブレーキに敏感に反応する車体に好感が持てた。うん、いいぞ!
ディスクパッドとローターまで交換したので、効きが良くなければ困るのだ。
まずは三浦半島突端の城ケ島公園に。
公園内、思ったより狭いが、崖の上にあり崖を降りると素晴らしい海の眺めを堪能することが出来る。
岩場で変化に富んだ海岸線。広々とした海は見ていて飽きることがありません。
この日はトンビが良く飛んでおり、あの時代劇の効果音で良く聞かれる、ピ〜ヒョロヒョロ〜という鳴き声が
耳に心地よい。
およそ40分くらい滞在し、次に向かったのが江奈湾の湾内にある松輪という漁港。
漁港の風景が好きで、夕陽に照らされた漁船の絵がほしくて行った。
色々撮影出来たが、何だか去り難く小一時間もいただろうか。
おやつを車内でほおばり、写しては車に戻り、あるいは場所を変えてまた撮ってみたり・・・
外もかなり暗くなってきたので、帰路に就くべくようやく車を走らせた。
走り出すと、以前写真を撮った三戸浜が気になったが、昼間に下見をした和田浜が近いので、行ってみた。
すると、そこには、得もいわれぬ幻想的な世界が拡がっていたのだった。
写真で見ると明るいが、もっと暗い。
波の音がざわざわとし、かすかにブルーに見える海面に遠い夕陽の赤い色がうっすらと混ざり、まるで絵具を溶かしたよう。
風と波の音と匂いと色とが入り混じり、ドビュッシー前奏曲集の「夕べの大気に漂う音と香り」を思い出した。
3時間余りの三浦滞在。大いに気に入った。三浦移住計画を本気で考えようか。
先日、仕事を終えてひとっ飛び、三浦三崎町まで車を飛ばし、天体写真の撮影に行ってきました。
当日は寒気が南下したばかりで寒く、また風が強く、7〜8m〜10mくらいの風速はあったでしょう。
現地に6時過ぎに到着し、機材を設営。
なんだかんだ失敗やら何やらあって、ようやく8時に本シャッターを切り、それから3時間も露光して撮影したのがこの馬頭星雲。
馬の頭みたいに見えるので、馬頭星雲といいます。
オリオン座のベルトに当る横真一文字に3つ並ぶ星の一番左側の星周辺に、こんな世界が広がっているのです。
このように模様に見えるのは、星間ガスが拡がっているため、光が通り難い所は黒く、模様になってみえるのです。
ピカリと大きく輝く星がオリオンの3つ星の一番左側の星で、その隣に燃えるように拡がっているのが、文字通り、燃える木星雲と呼ばれています。
3時間も露光するといっても3時間シャッターを開きっぱなしなのではなく、一回20分の露光にしてそれを9回繰り返すわけです。
シャッターのリモコンがありまして、セッティングしておけば、自動的に20分経つと一旦シャッターが切れ、少し間を置いてから再びシャッターを開いてくれます。
勿論、星が点に写るためには、星の運行に即応した架台の動きが必要なわけで、モーターとコンピュータが連動した架台(これを赤道儀と言います)に望遠鏡を載せて、撮影します。
この時の望遠鏡は、口径が20センチの反射望遠鏡でした。
反射望遠鏡と言うのは、20センチの鏡に反射した星像を接眼レンズで拡大して見る形式の望遠鏡の形式です。
月や惑星と違って、遠くの恒星や星雲は、レンズで拡大しても拡大出来ず、むしろ光量が必要なので、このような反射式望遠鏡が適しているのです。
撮影の際には接眼レンズは使わずに、直接カメラを繋げます。
カメラはデジタルの一眼レンズカメラのレンズを外して望遠鏡の接眼部に接続します。
このように星間物質が赤く見えるのは、実際に目で見て赤いのではなく、赤外線の赤さを、カメラが拾って赤く見せてくれています。
そのため、普通のカメラに付いている赤外線カットフィルターを、わざと外すのです。
そうしないと、このように赤く写りません。
通常のカメラには、なぜ赤外カットフィルターが付いているか?と言いますと、人間の目で見るように写さなければならないからです。
要するに天体撮影用のカメラは、アブノーマルなものなのです。
大体この趣味自体アブノーマルかもしれませんが(笑)
天体撮影に一人で遠征(というほど遠いわけではないですが)に行くといつも「暗い趣味だなぁ」と思います(笑)
いや文字通り、暗い中でやる趣味ですからね。
暗い中で機材を組み立てたり、撮影したり、お弁当を食べたり。
もちろん電気の灯りはあるわけですが、現実の暗さは変わりません。
そんな暗い中に、現実社会から入って行く。
まさに何か山ごもりか、修行の旅のような気分になります。
実は天体撮影に行くのは、少し鬱陶しい気分になる面があります。
いつも独りでやるからでしょう。
機材を夢中で組み立て撮影に集中し、リモコンに任せてふと休んでいる時に、現実のいろいろな問題やちょっとした普段から未解決の悩み事、悲しかったことなど、思い出されてきて、どうも何か漠とした不安に襲われるのですね。
そういう時間を少し過ごして、数時間も経ちますと、これが不思議なことに、胸を覆っていた不安がいつの間にか雲散霧消してしまうのです。
そして撮影も終わり、機材を片付け、暗いフィールドから車に乗り、街に戻る瞬間、何ともなごり惜しい気がして来ます。
街に戻る度夜中でも車が走っていて、それを見ると、何か山籠りから抜け出てまた現実世界に戻った気分になります。
こんな経験が、何か日常の良いアクセントになっています。
今日は月が昇るのが23時近いということもあって、三浦三崎に撮影に行ってきました。
レッスンも早く終わったので、以前からこの目で確かめたかった三浦三崎に近い三戸浜の夕景を見に行きました。
予想以上に素晴らしいところで、驚きの歓声を上げそうになりました。
いや、むしろ現実とは思えないくらいの驚きでした。
自分が、普段いかに都会生活に沈み込んでいたか・・・
例によって三浦というところは、海岸線間際まで人家と丘が続くところでして、いきなり
海が現われる、という図式のせいもあります。
この三戸浜も、狭い車一台やっと通れるか、というような古びた漁村を通り抜けますと、
いきなり眼前に海が現れます。
当たり前ですが、その海はざざ〜ざ〜と波の音をさせているわけですが、それが本当に
現実なのか?いぶかしいくらいに、出来たてのほやほやみたいな風景になって目に飛び込んでくるわけです。
恐らく今日の驚きはそれが薄暮に近い夕暮れ時で、暗い家並みの中からいきなり夕焼けに明るく照らされた海が現れたせいでしょう。おまけに富士山ですから。
そんなこともあり、今日は天体撮影も機材の不調もあって、弁当だけ食べて早々に引き揚げて来ましたが、素敵な海を見られたおかげで、なんだか幸せいっぱいな気分でした。
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