その他なんでもの最近のブログ記事

SACRA

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桜はsakura →sacraというわけで、聖なる植物である。
聖なる花である。
だから、なんだか桜の下には妖気が漂うのかもしれない。
というのもこじつけだが、毎年見飽きないのが桜だが、
ネットであちらこちらで桜の写真を見飽きると現実の桜にまで
手あかがついてしまったように思うのは私だけだろうか?

ソメイヨシノは華やかだけど、今時割いている山桜の類も、人知れず美しいと思う。
孤独な美しさ。

グリーン

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この曲は判る人は判るでしょう。フォーレやドビュッシーや、アーンが曲を付けている
ヴェルレーヌの詩に、レオ・フェレが曲を付けました。
良い悪い、好き嫌いは別にして、フランスの近代歌曲が、シャンソンでも聴けるというのは
実にすばらしいではありませんか!

たとえば・・・山田耕筰の「からたち」に、J-Popの歌手なり作曲家が曲をつければ、どんな
曲になるのかな?
そんなアイデアはあっても良いと思います。

個人的な想いですが、この人の曲想や音、雰囲気にパリの少し華やかな街並みや
匂いを思い出します。

街の力ってすごいな!と思います。そんな風に世界の人に、片思いの恋人のように
思われる街はそうそう世界にないのではないでしょうか?
時々思うのですが、パリでだったら野垂れ死にしても幸せなんじゃないのか?と。

あらゆる人間は歌手である

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最近寺山修司さんのことをyoutubeを中心に追いかけていますが、とても興味深いです。
彼が活躍した時代は、ぼくが中学の頃から2つの大学に行った、まさに青春時代のこと。
同時代の頃は、漠然と映画を見たり、書いた文章を読んだくらいでした。

しかし、今改めてよく調べてみると、非常に面白い。
この動画の中で、彼が「あらゆる人間は俳優である」と言ってます。
杉村春子が「女の一生」を演じるのを見るより、角のタバコ屋のおばさんが、人生を語るのを
聴く方が面白い、と言ってますが、我が意を得たりでした。

アトリエムジカCの歌い手のみなさん、自信を以て自分の歌を歌ってほしいと思います。

アメリカ論

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パリ祭ですね。もうほとんど自分に関係ないような感じですが、

もうこの10年くらい、文学作品というものを読んでないです。
一番最近では、村上春樹の「ノルウェーの森」を読みかけて挫折した苦い経験があってから、
特に現代ものは禁断の書として頭の片隅にもおいていません。

そのようなおじさんには、やはり評論とか歴史とか、せいぜいショートショートくらいが
関の山ですが、最近の目から鱗はこれです。


内田樹 「街場のアメリカ論」

フランスのことを知っているつもりが、全然知らない歴史があって、日本との縁や、もちろんタイトルのアメリカ論は、自分も漠然と考えていたことが、更に緻密に論証されているのが、目から鱗でした。
とても感動した言葉・・

「政治的なアパシーや虚無感に私たちの社会は蝕まれていますけれど、その原因のひとつには左右両翼の歴史家がこれだけは共有している「歴史に『もしも』はない」という自由で創造的な推論に対する強い圧力にもあるように私には思われます、でも、歴史という舞台の上では誰もが
「決められた台詞」を言うほかないというニヒリズムはほんとうに不可疑の心理なのでしょうか?私にはそうは思えないのです」(引用)

これはぜひとも日本が好き!と言う者も、日本を悪しざまに言う自虐論者も読んで頂きたい面白い本です。
もともと著者も断っているように、学問的には「素人」の遊び的仮説なので、肩が凝らずに読めますよ。

久しぶりに怒りについて

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今日はいろいろ思った。

他人が好きでやってる曲のことをけなされたり、ふふん・・なんて鼻であしらわれたら、誰だって良い気はしないですね。
音楽や芸術なんて、しょせんは好みなんだから、てめえも好きなものがあるなら、他人がほれてる曲や作家の悪口や不満を言うのは、これはマナー違反でしょう。

わからないかな〜そういうセンス。

自分の好みに拘泥する人って心が狭いよね。残念だ。
自分が好きだったら、他人が好きなものをどう思ってるか?っていう想像力があると思うんだけど、これが欠如してる。

こういう人は自分の音楽性に、さぞかし自信があるのだろう。
さもなければ、自信を持って言ったりしないよね。フランス音楽はどうだ、ドビュッシーはこうだ・・・。

しかし、実はこれは理解できない人の裏返しの行為だと思う。
判らないなら判らない、あるいは一言「好きではない」「嫌いです」の方がよほど素直でいい。

考えてみたら芸術家って人種は心が狭い人種かもしれない。
拘りとか偏執とかって、心が狭いことと裏表だものね。

地震凄かったですね

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この地震、津波で尊い命を失われた方々のご冥福をお祈りします。
また、被災者の皆さまのご健康、ご無事を心からお祈りしております。

金曜日は別の仕事で早稲田にいました。
仕事場の手配により、近場に宿泊が可能でしたが、家のことが心配で夜9時過ぎに一人で歩いて帰りました。
一度は泊りを決めたのですが、コンビニに歯磨きブラシを買いに行こうと外に出て夜風に当たった瞬間、これは歩いて帰ろう、とピンと来たのでした。

渋谷に行くまでは明治通りを歩きましたが、歩いて帰る人の群れが凄かったのです。
また地震らしいがけ崩れや、大きなものが倒れていたのには驚きました。

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渋谷まではわりと直ぐ時間が過ぎましたが、渋谷で遅い夕食を食べ、歩きだしたら疲れがどっと出ました。
祐天寺を過ぎた頃が一番きつかったです。
駒沢通りを歩いていましたが、ちょうど東横線のガードの下を通ろうとしたら、電車が走っていたのが見え、これ幸い!と電車に乗り、自宅まで無事辿り着きました。

自宅に帰ると、2階の台所からガラス製品が落ちていました。
レッスン室は、レコードケースが開いて、中の物が落ちていたのと、ピアノの上の楽譜が
落ち、散乱していました。

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1階はご仏壇のお水がこぼれただけでしたが、2階はものが少し落ちていて、
2階の方が揺れることが判りました。


東北各地区の惨状には、本当に胸がつぶれる思いです。
仙台には知り合いが2件あり、いずれも連絡が取れず心配しております。

トルコの踊り

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自分、やはりこういうのが好きみたい。
何度見ても飽きないです。
軽快なステップ。宙に浮くような腰の感覚。
トルコはとても奥の深い文化があります。
しばらくご紹介したいと思います。

2010年最後のごあいさつ

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ムジカCの皆さま、そしてこのブログをリピートして下さる皆さま。
2010年も終わりを告げようとしております。
2011年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

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きみがどんなにひとりぼっちだ、としても、世の中には明かりが灯って皆楽しく生きているのだ、と思えば、何を不平不満など思う必要があるだろうか?
こんな風景を見ていると、自分の不平不満などどうでも良いと思う。

親父のラジオ

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親父が死んだ後に、残ったものから出てきたハンディラジオ。
何年も使ってないから電池もとっくに切れてるだろう、と思いスイッチも入れずにゴミ箱にポイ!とした途端に、ラジオが鳴り出して、驚いだ逸品です。

それ以来、いつもお守りのように、自分の仕事バッグに入れて持ち歩いています。
天体撮影に行くときも、現地で撮影中の暇な時間、車の中でNHKの落語を聴いたりして
暇つぶしに使っています。
このラジオに限らないですが、AMのNHK第二放送でやっている気象現況。
この放送を何とはなしに聴くのが、実は好きです。
わざわざ聴くことはめったにないですが、車で遠出したとき、このラジオを偶然付けた時に
このNHK第二の気象現況を聴くと、バイカル湖の風景や黄河の壮大さが想像されたり、
その地域の天気の具合、空気の寒暖などが感じられて、何とも詩情豊かな音の世界だなと
感じ入ります。
ラジオって、テレビよりもイメージを膨らませやすいメディアだなと思います。
子供の頃に小学校の授業で聴いたラジオ録音の、朗読の時間なんかとても好きでした。

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