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声楽における弾き語りについて

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前回の記事では、ブルースのギタリストでありシンガーである、BB Kingを紹介しましたが、
その記事中で書いた通りの活動をされている素晴らしい歌手さん。
Paula Bär-Giese という方です。オランダのソプラノ歌手ですが、ピアニストでもあります。
まあ理屈はいいから聴いてください。
ベッリーニのCasta Divaをクラヴィ・コード?フォルテ・ピアノ?良く判りませんが、古楽器のピアノを弾きながら実にすばらしい歌唱を聴かせてくれます。

こういう形での演奏は、いわゆるオペラの絢爛豪華さは出ないでしょうが、実に優雅で貴族的な
雰囲気だと思います。改めてベッリーニの素晴らしさを実感させてくれる演奏ではないでしょうか?
もちろん、それは、そういう場所と衣装と、素晴らしい歌手である事が条件だと思いますが。

ただ、こういう演奏形態はもっともっとあっても良いと思います。

http://web.mac.com/musicksmonument/MULTIMEDIA-ART-PRODUCTIONS-musicksmonument.nl/QUEEN_HORTENSE_-_PALACE_AMSTERDAM.html

BB Kingのギターと声について

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この動画はクラシックではないので、興味のあるかただけ聴いてみてください。
元々James Brownが好きなので、動画を探していたら、偶然このライブに当たったというわけ。
BB Kingは、ブルースの神様的人で、知ってましたが、これほど歌声が良いとは知らなかったのでご紹介しました。また、ギターは改めて言うまでもなく素晴らしい名人芸です。
名人芸というのは、特に楽器においてですが、まるで歌声のように奏でられるものですね。
これはブルースもジャズもクラシックもみな同じです。

http://youtu.be/nvj797NSOBY

クラシックはなかなかこういうマルチプレイヤー的形態のコンサートがないですが、実はこういう人材が多いものなのです。したがって、コンサートがあっておかしくないと思いますよ。

これからは、例えばピアノも上手いし声楽も上手い、みたいなプレイヤーが独りで一晩リサイタルをやる、そこに楽器や歌のゲストが入る、みたいなコンサートがもっともっと生まれて来ると思ってます。
クラシックだからといって、あまりに専門化し過ぎるから、世間が狭くなるんでしょう。
そういう専門的狭さが良さだ、みたいな意味も判るには判りますが、伝統芸能になってしまいますよ。もっと良い意味で大衆化しましょう。クラシックのコンサート。

つまらないいかにも判り易さを狙った演出よりも、やはりプレイヤーの持つ個性と力量で聴かせる
コンサートをやることが、本当の意味で世間を拡げるのだと思います。

この曲、ここではついに2回目ですか。お気に入りとなりましたね、シューベルトのこの曲。
というか、ここ数年、シューベルトの美しさに開眼いたしました。

まったく衒いがなくて、それでいて俗っぽさもありながら、気品漂う、という一粒で2度おいしい音楽だと思います。
衒いがない、という趣味は普遍性はないかもしれないですが、今の私には充分に魅力的な要素です。
衒いがある音楽は何?と問われれば、例えばシューマンであるし、またシュトラウスなどもそういう感が強いです。

この2楽章の素朴なメロディはどうでしょう?まったく気取りがなく、服装もお洒落さがなく、いわゆる女好きしない奴なのに、
魅力的な男、と云う感じ。

最終楽章を聴くと、ドイツという地政学的な条件が、ハンガリーなどの東欧圏とオーバーラップしていることが
良く判る印象です。ジプシー的な要素がありますね。
実は、シューベルトの音楽にはこのジプシー的な要素が色濃くあるような気がします。

さて、この録音は、タイトル通りの本物のアルペジョーネで演奏されています。
この音色がひなびた音色で良いですね。
チェロの勇ましさはないが、その分、女々しくて壊れそうな感じが繊細さを出しています。

伴奏ピアノも、モダンピアノではなくフォルテピアノでしょうね。
この両者を聴いていると、現代楽器に比べてピッチの微妙な緩さというのか、にごりというのか?
感じます。
しかし、それが音楽の古色蒼然とした、あるいはまた温かみに繋がっていると思います。

人間もこんな感じでありたいな、と聴いていて思います。
自分の歌曲の演奏も、こんな感じが出せたら言うことないな、と思います。

色々なこと、それは多分思い出が多いのだが、名状しがたい気分になることが良くある。

このバッハのクラビーア作品を聴いていると、そんな言葉にし難い気分そのものを表現している、と思うことがある。
音楽なのだから当たり前だ!という声も聞こえそうだが、そうではない。
音楽にも具象的な表現と抽象的な表現の違いが明快にある。

オペラのアリアくらい具体的なものはない。

悲しい!楽しい!怖い!面白い!恋しい!泣きたい!殺したい!!Etc...実に人間的である。

一方バッハの器楽作品は、実に抽象的である。
言い方を変えれば、まったく商売の役に立たない具体性に欠ける音楽が多い。
だが、そこが良いところなのだ。


http://youtu.be/VdfZRNyshEA

昼日中からカフェでビールを飲みながら哲学論議をしているような感じ。
男くさいのだ。
だが、男くささの中には、実は女性以上に繊細な感情というものがある。
バッハの器楽作品には、そのような繊細さが満ち溢れている。
それらを味わう喜びは、汲めども尽きないのである。

ところでこの前奏曲のコーダはメジャーに転調して終わる、良くあるパターンだが、まったく陳腐さを感じさせない。
あたかも、思索をポジティヴな結論にしておいて、思索を半終止させた後で、にやりと笑うかのよう。実に粋ではないですか?

そして、前奏曲でセンチメンタルな気分を漠然と言い放って
一呼吸おいてから、このフーガによって、彼は己の思索の完成をみるのである。

この変わり具合。
右脳から左脳に切り替える、この音楽的スタイルにバッハの他の追随を許さない素晴らしさを、感じるのだ。

この言葉さばきの淀みの無さはどうだろう!
人間でいえば、語り口に淀みと論理の破たんのない、素晴らしく切れ味の良い男を見るような爽快感がある。
それでいて、決して早口ではなく、またちょっとばかり頭の良いつもりの若者に見られる生意気さは微塵もない。

ところで、本当に頭が良いのと、頭が良いつもりな人間とでは、両者に大きな違いがある。
前者の特徴は寡黙であり、後者の特徴は雄弁だ。言い方を変えれば、言い訳が上手い。

昔から「巧言令色鮮し仁」と言われてきているのは、理由があるのだ。

ところでフーガのコーダ部は転調しないでそのまま終わる。
他人に同意を求めていないし、言いたいことを言いたいだけ言い放った後の爽快感のようなものを感じる。

声楽のことで近頃思ったこと

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まったく久しぶりにこちらに声楽の事を書くことになりました。

私が教えている、ある生徒さんがとても良い中低音の声を持っていましたので、その素質を極力短期間で発揮するためには、メゾソプラノという目標を定めて、その上でのレパートリーを、と考えて述べた所・・・彼女いわく・・・

以前教わっていた先生(ソプラノ)から「あなたはソプラノね。メゾはおばあさんや女中さんの役しかないわよ、カルメンは別だけど〜」と言われたので、メゾソプラノと言われて少し微妙〜です。
と言う言葉を聴かされて、こちらは魂消たわけです。

今時そんなことをいう先生がいるのか!?と。
まず、声域をオペラの役柄でしか捉えられない、狭量な美意識と職業意識です。

職業意識として、自分がソプラノかどうかとは別に、生徒の声の素質を見抜く経験と見識を持たなければいけないでしょう。
そして、声域に応じて、どのような曲が相応しいか、というセンスと知識も必要です。

声楽作品はオペラだけではないのです。それも近代のヴェリズモだけではないです。

片や宗教曲、歌曲、そして古楽、バロック、バロックのオペラ、マドリガーレ、近代音楽、現代音楽の作品群。そして、もちろん、日本の現代音楽に至るまで、様々な作品が充ち溢れている世界です。

もちろん、生徒本人がオペラのアリアを勉強したい、というのであれば問題ないですが、彼女の場合は、そのような希望があるわけでもなく、ただ声楽一般を勉強して見たかったというだけの
ことでした。

これはほんの一例ですが、こういう先生が素人さんたちに声楽らしきものを教えているようでは、声楽の本当の喜びや面白さは、少なくとも聴衆には伝わらないでしょう。

もちろん、きれいなドレスを着て、歌を歌って楽しいだけなら、歌ってる人は構わないでしょうが、
そういうノリが、いつまで経っても日本のクラシック音楽の世界で、声楽が実は今一つ「受けない」
という現状を変えない大きな原因になっていると思うのです。

ある知り合いで、声優さんをやっている方が、声楽が大嫌いだ、という話を聴きました。
その嫌いになったきっかけ、というのが、有名な音大を出た声楽家のリサイタルに行って、あれで
チケット代取るのか!?と驚いた、ということなのでした。

非常に雑駁な話で恐縮ですが、実は音楽の知識がなくても感性のある人であれば、このような
感想を持ってしまう声楽家の演奏会というのは、巷に多く溢れているのです。

人前で演奏することの責任の重さ、を少なくともプロと自称するのであれば、考えなければいけないでしょう。
仲間内でチケットを買ってくれるから、それで良いわけではありません。

・・・・我々は少し考えなければいけないと思うのです。

このことは、続けて書いて行きたいと思います。

イタリア抒情派音楽

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勝手に名付けただけですが、マルトゥッチという作曲家。
イタリア近代にしては、オペラ作品がなく、器楽曲やオーケストラ作品などの多い作曲家です。


ヴァーグナーに心酔していただけあって、このオーケストレーションの味付けは、
どこをどう聴いても「まんまワーグナー」です。

が、それでもやはり魅力的です。ぼくにとっては。
ヴィスコンティの映画を思わせる、贅沢で大きな世界を想起させるオーケストレーションは
魅力的です。

プーランク

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昨年12月にサントリー小ホールで歌ったプロのうち、お気に入りの1曲です。
プーランクは自分の声には扱いやすい作曲家です。
彼の歌曲は、明快にジェンダーの違いが表現されていて、それが自分の感覚には合っていると
思っています。
というか、表現にジェンダー差のない抽象的に美しいメロディがもっとも難しいといえますが。

今年の6月には、表参道のカワイでジョイントコンサートになりそうです。
プーランクの「陽気な唄」が歌えそうなので、今から楽しみです。

今年最後のコンサート

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私が歌うコンサート。今年最後です。

毎回フランス歌曲で、難しい・ムジカシー・ムジカCと呼ばれる所以です。

フランス歌曲が難しいのではなく、私が歌う歌が難しいのでしょう。

私が歌う「心の動き」と題した歌曲集の中のプーランク作曲による「マズルカ」ですが、この歌曲集自体は、1949年作で、数名の作曲家が集まって作られた歌集です。
ショパンの没後100年を記念したものだそうですが、詩はルイズ・ドゥ・ヴィルモランによっています。

ルイズ・ドゥ・ヴィルモランといえば、プーランクがいくつか曲を付けています。
まとまったもので云えば、女声用のFiancaille pour rireという歌曲集が有名ですね。
どうも、女性的な詩ですが、いかにも1930年代を想起させる、少しフェミニズムと
俗っぽさが入り混じったような、雰囲気のポエムが多いです。

この歌曲集、アメリカ人バス歌手に依頼されて作られたようで、全編、へ音記号の曲ばかりです。
私が歌う3曲とも、音域は低いですが、中でもプーランクの「マズルカ」はあからさまにバス用で、
少々歌うのに難儀します。
しかし、私のような廃バリトンも、50も半ばを過ぎると低音が出るらしく、以前歌った時に比べると、声が響くようになりました。
これは見物、いや、聴き物でしょう!

「マズルカ」は3拍子で、ちょっとロシア民謡風なメランコリーでありながら、プーランクらしい優雅で都会的な雰囲気の曲です。
さすがに、プーランク!ミーハーっぽさを忘れていません。
プーランクの面目躍如ですね。

あとは、大曲は、デュパルクの「フィディレ」でしょう。これは、オケ伴でもやるくらいのスケールの大きい曲で、オペラアリアを思わせます。

モラーヌ師は、ブレスの長さを誇って歌ってますが、私にはとても真似出来ません。ただ、その分、モラーヌより声は重いかもしれません。

あとは、アーンの作ったEtude Latineという歌曲集。
これは珍しく合唱付きです。

ぜひお越しください。

ジミー・スコット

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プライベートタイムはお聞きのようにJazzVocalを聴くことが多い。
このジミー・スコットさん、実は今年まで知らなかった。
わたし、こういうの聴くと痺れるんですよ。なんとも豊かな気分になれる・・・

Jazz Vocalは、女性・・・と決め込んでいたが、確かにチェット・ベーカーもミックスボイスの
魅力だし、ソウル系は、スタイリスティックスや、ミラクルズ、テンプテーションズ、いずれもファルセットがリードヴォーカルだから自分バリトンのくせしてほんとは高音が好きなのかもね(笑)

宝石の歌考

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ゲオルギュー歌う「宝石の歌」生徒に教えるんで色々動画を見て研究しましたが、
一押しかと思いました。

古い人も良い人たくさんいますが、今の時代にはこの人の歌声、受けるんじゃないかなと思います。
ネトレプコも素晴らしいですが、少々中低音が暗くて立派すぎる。
このアリアのキャラクターは、あまり立派すぎる声もちょっと?と思いました。

ところで、この歌より難しいアリアはたくさんありますが、このアリアをこのように歌えるか?
といえば、そうそう出来ることではないです。
こういうことをもっと勉強してほしいんです。

ミレッラ・フレーニのこのアリアも見ましたが、素晴らしいものでした。
フランス語はきちっとしていますし、伸びやかな中高音の声は、惚れぼれします。

やたら高音高音と騒がないで、このくらいのアリアをこのように素晴らしく歌えることを
確実に出来ることだけでも大変な努力と時間が必要なんです。

オケもそうだけど、技術に合わない難しいブラームスだのマーラーだの、やり過ぎ(笑)
モーツアルトのディヴェルティメントですら、まともな弦の音が出せないのに、どうして
そんな難しい物やるの?と思ったこと多々ありました。

ところでこの方の歌う口の動きに注目してほしいです。
下顎が絶対に前に出ません。

最近時々見かけますが、下顎を前に出して発声する癖のついている人がいます。
これは非常に良くないです。

下顎は自然に、やや後ろに引くように降りるのが自然です。
なぜなら顎関節を中心に下顎が降りるときは円を描くように降りるからです。

発声は、特殊なことをやるのではなく、人間の肉体の生理にかなった、動きが基本です。

それから、Coquetteと発音する時の広いEの発音も。
これもみなさん良く研究してほしいと思いました。

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