講師の横顔

歌の場合は、フレーズの長さとブレスポイントの問題があるので、限定的ですが、概して良いブレスが未解決な方はテンポを速くすればフレーズが歌えると思ってしまいがちです。
しかし、これは絶対ではなくむしろテンポを遅めた方がブレスが取りやすいものなのです。
つまりテンポが速いとブレスポイントも短いですから、瞬間芸で良いブレスを取らなければなりませんから。

往々にして未熟な方ほどブレスを急ぎますが、いくら急いでも喉のフォームがそのブレスで決まらないと息漏れが多くなってブレスが持たず、
次のブレスが中途半端になる悪循環が生じ、結果的に1曲を必死こいて歌い終わる,というパターンが多いのです。
なぜわかるのか?というと自分がそうだったし、今でも気を付けないとそうなるからです。

ピアニストさんは関係ない、と思うかもしれませんが然に非ず!
およそ楽器を扱う人であれば、どんな楽器でもブレスは大事です。
それは人の肉体は呼吸をすることで成り立っているわけですから、当然なのです。

ピアニストさんで良く見られるのは、テンポが速くなること。
これも呼吸がしっかりしていないために、体の感じ方が前のめりにずれてしまうためです。
音楽のフレーズの区分とブレスをしっかり意識して譜読みをすると、テンポの大本が必ずわかるはずです。
それを、ただ全体を通して弾くだけで音楽を構成しようとしてしまうためにテンポが前のめりになったり、機械的な無機質な音楽になるのだと思います。
ブレスとフレーズの関係が身体で解ると、テンポを実に自然に柔軟に変化させられます。
これはルバートのことではなく、自然な音楽演奏の根本にかかわる大きな問題なのです。

これらの演奏のための良い呼吸の大元を作るものは何か?
それは姿勢です。
演奏中の姿勢のあり方です。
良く言われるように、体幹がしっかりしていること。
身体の中心線がぐらぐらしないで立っていられること、あるいは座っていられることでしょう。

そして、良いブレスをするためには下腹部の丹田に少し力を入れておくこと(引っ込める)です。
ここに少しだけ力を入れていることによって、骨盤底筋、直腹筋、斜腹筋、背筋という、呼吸関連の筋肉が敏感に働きやすくなります。
このことで、横隔膜の収縮が十分に行われ、結果的に身体全体の神経支配が高まるのです。

息を吸う=緊張、息を吐く=弛緩
というように、肉体の状態を二分出来るでしょう。
音楽の演奏もこの緊張と弛緩によって、立体的で自然な姿を顕すことは理の当然ではないでしょうか?

この呼吸の問題とそのための身体のあり方を見直さない限り、いくらディテールを研究しても根本解決に至らないと思います。
それは自分の声楽上の経験で確信したことですが、器楽奏者も同じことだと思えるのです。

身体の大きさと結果的に出る声帯の大きさ、肺活量の多寡、手の大きさや腕の長さ等々すべてのバランスがあった上での、ディテールの技術です。
このバランスを崩すと、どこかに無理強いをしてしまい、長く続けると、身体の機能の一部を壊してしまうでしょう。

多くの声楽家やピアニストの演奏を聴いていると、上手いのだがどこか無理がある、強張っているという印象を持つのは、ほとんどが身体の使い方、コントロールの問題だと思います。

己の肉体の器を良く知ることで、己の技術の限界を早期に見極めること。
このことが、真の良いプレイヤーを育てると確信しています。