今日は、レッスンは1名のみでした。

彼女は全体に音程の良い声で広い音域を歌えます。
完全なコロラトゥーラの声域です。
そのためか、最初の換声点からファルセット成分の強い声になる点が、声の鋭さ、通りの良さを少し悪くする要因になっています。

声域を取るか、声量を取るか?ではなく、中低音の声の出し方から、再考して換声点の通過をやり直すことで、
より器楽的な声のあり方を模索して、完成させたいと考えています。
表面的な技術ではなく、将来に渡ってプロとしても使える技術を持ってほしいと考えています。

さて、最近は、改めてピアノ伴奏の大事さを考えています。
声楽家というものは、楽器作りから始めなければならないため、楽器が完成するのに大変な年数をかけることになります。
そのため、伴奏者が確かな基礎と音楽性を持っていなければ、声楽家の伴奏は務まらないのです。

技術の未完成な声楽家が己の恣意的な都合でピアノ伴奏に注文をつけると、音楽がぐだぐだになります。
また、伴奏者もついつい声楽家の言に従って音楽を作ってしまうと、これまたぐだぐだな音楽になってしまいます。

こういう当たり前なことが、実は声楽演奏の本質を低めてしまい、結果的に真の意味での声楽ファンを増やせない原因になっていないでしょうか?

一昔前は、声自慢の声楽家が恣意的なリズム感で朗々と歌い、伴奏者は付き従っている、という演奏が多かったです。
声楽家とはこうしたもの!他の器楽奏者とは違って当たり前!というような自己満足的、狭い視点でやっている方が多かったと思います。
声楽家と称する人々も、この器楽演奏という視点、そのための音楽性の追求を大事にしていかなければいけない、と考えています。
声楽の演奏は、真の芸術としての価値を持つものだと思うからです。