まつながさん

発声は中低音を中心に、10分ほど練習をした。
ちょっと声に勢いがないのと、まだ少し下顎の力みが見られたがある程度響きはあるし、高かった。
だが、どうも頬を上げるためか軟口蓋を上げようとするためか逆に下顎を力んでしまっているように思えた。
彼女はどうしても下顎を力ませる傾向がある。

これが、レッスンの最後になって再度発声の問題提起につながることになった。

伴奏合わせだったので、早速アーンの「風景」から始めた。
これが、どうも声量がなさ過ぎて勢いのない、しぼんだ風船みたいな歌になっていた。
なぜ、そういう歌になるのか分からなかったが、常々彼女は声のことを気にし過ぎる傾向があり、それが悪い方に出てしまったようだ。

曰く、ビブラートが付き過ぎないか?音程がどうか?などなど。。
これらのことは、良い場合と悪い場合があるが、それを気にするがあまりに声を出す自然な勢いや、歌の心が消えてしまっては、元も子もないではないか!

上述のことは、確かに、ある面で彼女の課題ではある。
だが、課題と言うのは、当面の課題と中長期的な課題を分けて考えなければならない。
当面の課題とは、今すぐに直せること。
中長期的とは、時間をかけて徐々に直して行く事である。

この期に及んではビブラートが多いとか、音程がどうか?などを気にするよりも自分が気に入って選んだその曲を歌う自分の趣味、気持ちに素直に従って堂々と歌うことである。
誰が何と言おうとである。
本番に臨むということにおいては、そういう面における意志の強さを持って欲しい。

確かにアーンのこの歌曲は中低音が比較的多いが、現時点の彼女の声なら普通に堂々と歌ってそれほど問題などはない。
ただ、中長期的に言えば、今までもレッスンで何度も言っているように、
特に中低音域の発声においては、ブレス時に、喉を開きすぎないこと(喉を下げ過ぎないこと)と、そのためにも、ブレスを吸い過ぎないことである。

そうやって最後にちょっとだけ歌ってみれば、大きな口でブレスを胸いっぱいしなくても、苦もなく明るい爽やかな中低音の響きが出たではないか。

ブレスをあまり吸わないで、という意味は、ブレスとそれに伴う喉を開きすぎる癖を矯正する意味で言っているのであって、最終的には勿論吸うのである。
ただ、吸い方を直すために言うのである。
お腹を使って、吸うことを確立するために、敢えてほとんど吸う意識を持たないで歌うところから本当にお腹を使って吸うことが分かるために、である。

それから、彼女の場合5線譜より上の領域の高音域は基本的にとても良いのである。
その場合に喉を開くことは、とても有効であることは、改めて言い添えておきたい。
それをも悪い、というのではないことを良く分かって欲しい。

ただ、慣れないことではあるから、本番までは忘れてくれて構わない。
ともかく、今大事なことは堂々としっかりと歌うことだけである。

後で歌ったアリアも言えるのだが、今の彼女の声の技術であれば、特に中低音域において表現のために声を抑制しようとしたりする必要はまったくないと思う。

また、広義の意味で捉えれば、音楽は楽譜に書いてあるのであって
声は一番良く響く声を使って、楽譜に書いてるその通りに歌えば、音楽は表現されるのである。
技術が伴わないうちから、なまじ、中途半端に声を抑制したり、声で表現しようとすると、かえって声の欠点が出てしまうことが往々にしてあるものだ。

またこれは彼女のことというのではないアマチュアが勉強する際の一般論だが、録音などで高名な歌手の歌を聴いて、ついつい真似をしてみたくなるものだが録音と本番は「まったく別物」であること。

録音を聴いて真似をする、あるいはそう思わなくても無意識にそうしてしまうことは、本番に当たってとても危険な面がある。

技術的な彼我の差をついつい忘れてしまうこと、それから録音は「作られたもの」であることそして、録音されたものを媒体を通して聞くことと、ホールで生の声を聴くこととの違いを分かって欲しい。

私たちがやらなければならないこと大切にしなければならないことは、録音すること、ではなく、ホールで自分の生身の声でお客さんに「接すること」である。
そのことをイメージして、練習をしなければならない。
ホールの広さや空間の感覚、お客様に聞かせる心の準備も含めてのイメージトレーニングである。

録音を聴く意味は、音楽の全体像をざっと掴む程度にしてほしい。
何度も聞くと、自然にその歌が刷り込まれてしまい、己の技術で現実的に音楽を作るための障害になることがあり得るのである。

さて、アリア(マノンレスコー)の方は、声そのものの問題よりも伴奏あわせの一種のテクニックの問題であった。
伴奏者は、最初の声を出している時に、ピアノの和音の根音を良く聞かせてあげることで歌手が自然に和音感のある声を出せることを良く分かって欲しい。

そして、歌手が長い音符を引っ張っているときの伴奏のリズム感もである。
この時に、先に進ませてあげるリズム感を取ることや、あるいは最高音に向けて弾みを付けて昇る時に、敢えて重さを持たせてあげるか?あるいは、昇ることを容易にしてあげるか?という選択も伴奏者のテクニックの範疇である。

アーンの最後の場面はむしろ重くしていくことで、息を伸ばして吐き切る力を与えるしアリアの場合は、むしろ進ませてあげる伴奏者の配慮が必要になるようだ。

この曲は特に最後のGaia solata bianca,の次のブレスからcome un sogno gentile..に入る間合いは本当に瞬時にしてほしい。
そして、この最後のフレーズは喋りに近く、早くさっさと喋って最後を良く伸ばすべきである。
また、そうすれば最後の伸ばしも良く伸ばせるだろう。

それにしても彼女が歌うこのアリアの高音は実に素晴らしい。
ぴったりはまっているし、彼女も満足げに出しているように見えてまったく自然である。
次回のレッスンで最後なので、次回は特にアーンの「風景」くれぐれも縮こまらないで堂々と歌って欲しい。