2014年9月16日レッスンノート

IA

フォーレの「我らの愛」
伴奏とのアンサンブルが難しい、とメールされていましたが、それほどの食い違いは感じなかった。
ただ、歌のルバートが少し気になった。
ブレスの間合いとか、フレーズによって丁寧に歌うために遅くなったりという点が、場当たり的な印象があった。
フォーレは、古典的な形式の中に、彼独自の動的な芸術性をこめているので、ルバートが目立つとフォーレの良さが軽減される気がした。
基本的にはIn tempoを守る中で、自然に出てくる魅力を探して頂きたいと思った。

Hahn  Incredule

シャンソン風の、ある種のスタイルが際立つ作品ですが、節の違いによる表現、特にピアノ伴奏の明快さが足りなかった点を指摘。
特に、前半は、レシタティーヴォ風なので、しゃべる様に素早く歌うこと。
そして、後半の伴奏形がアルペジオになってからの、伴奏の弾き方と、声質。
特にアリアに思える、伴奏形がアルペジオになってからの歌声は、中低音の充実した声を発揮してほしい。
そのことで、軽やかにしゃべるように歌う前半との対比が美しくなる作品だから。

同 L’heure exquise
最初の通しが、テンポが速いと思った。
ブレスが持たないとのことだが、少しのテンポの我慢で俄然表情が生きる局なので、少し遅くしてもらった。
声は、ビブラートのない彼女独特の浮遊するような美しいメロディが良く活きていると思う。

同 La Valse
こちらは、ほとんど言うべきことがない、楽しんで歌っており、口をさしはさむのも野暮という気がした。
言うとするならば、もっと個性を出しても良いのではないか?
長丁場なので、通しているとちょっと飽きる部分も感じられるからである。

達富さん

ドナウディのO del mio amato benとヴィヴァルディ Io son quel gelsomino
本番が近いので、細かいことはすべて忘れてもらい、徹底して自由に歌うことに徹してもらった。

その上で、今からできる事を1点絞った。

それは、歌う行為の中で息を吐く意識を大切に持つこと、であった。

特にヴィヴァルディの歌が始まると、やはり声を当てに行くために、テンポが伴奏よりもはるかに遅くなる。
その上で、ブレス自体が足りなくなる、という悪循環が見えていた。

息を吐く練習は他の生徒も皆やっているが、この練習の目的は、ひとえに歌う息を作るためである。
歌う息というのは響きと同時に息を吐き出している実感が得られているかどうか?という意味になる。

このためには、正しいブレスのフォーム(体の使い方)と、息の吐き方に必要な喉から鼻腔にかけての意識である。
ブレスの体の使い方は、あえて確認していないが、ブレスを取ることだけは、充分に管理すること。
すなわち、無意識で取らないこと、である。

歌うことに集中して、無意識になるのは、ある意味では自然で力まないとは言えるが、実はこれが結構ブレス不足の原因だったり、
声をお腹から出せない原因になるのである。

息を吐くやり方は、今までもこちらにも何度も書いているが、吐く息を口から出さないで軟口蓋に当てるように意識すること。
このことで、息を吐く音が、口の中で共鳴して、あたかも歌うような息の吐出音が感じられば成功。
そうでないと、あっという間に息がなくなるはずである。

最終的には、歌詞発音にしてメロディのリズムで息を吐く練習となる。
これを徹底してから歌うと、歌うときに息を吐き出している必然性が感じられるのである。

このことで、呼気を意識することで、逆に吸気が良くなる、という副次的なメリットも出てくる。

この練習を徹底してやってほしい。