今年も後少しでレッスンで明け暮れた1年が終わろうとしている。
この1年の中でも、もっとも変わった一人が彼女だろう。

発声で特に中高音域の声の乗りが良くなったことで、彼女が本来持つ歌うことの気持ち良さみたいなものが
かなり顕れて来たように思える。
ただ、まだ低音部は少し不安定で揺れが目立つ。
高音も頭声とのバランスが悪いため、やや音程が♭になる傾向は残る。

しかし、それらのことは積み重ねで必ず良くなるだろう。
むしろ今までの1年の積み重ねで彼女の資質として隠されていたことが、ここに来て花開いたということの意味は大きい。

発声は特に高音域で胸声区のしっかりした当りが出て良いけれども、頭声成分が少ないため音程が♭になりやすいのがたまに疵。
確かにひっくり返った声では表現力に欠けるけれども、その声と太くしっかり当てた声との
中間くらいがちょうど良い。いわゆるミックスボイスみたいに言われることだろう。

音程の良くはまったハミングを並行して練習しておくことで、自然に頭声が出てきて
改善するだろう、と思う。今日もやってみたが、上手く行くようである。

曲はヘンデルの”Lascia ch’io pianga””から。
レシタティーヴォ前半は早くても良いけれど、軽すぎる。もう少し重さを持ってしっかりと声を出して欲しい。
間合いを取って欲しい。それからForzaのFは唇をちゃんと噛んでFを発音すること。

アリア部の中低音域は予想外に良かった。逆に高音は張り上げないで、後頭部に吸い込むように
持って行くと、音程が綺麗にはまるだろう。喉も楽になると思う。

ドナウディ””Vaghissima sembianza””は、声は抑えないで、徹頭徹尾しっかり出すこと。
高音は、軟口蓋側の上げる方を意識して。
これは、その高音に至る前の母音発声時に、すでに次の高音に昇る準備を軟口蓋でしていないといけない。
そのままエイヤっと高音に行ってしまうために、胸声だけになって音程がはまらなくなるのだろう。

とても良かったのがモーツアルト「ドン・ジョヴァンニ」のツェルリーナ””Vedrai carino””
こちらは無理のない音域で、彼女の歌いやすい音域という条件が大きい。
全体的には声の問題よりも、音楽作りが大きな要素になるだろう。
テンポ感はとても大切である。
優雅な3拍子で、舞曲のイメージである。それもゆったりとした3拍子。
遅すぎず速過ぎず、という頃合を大切にして欲しい。

テンポさえはまれば、彼女の歌はこのアリアの内容を充分に良く伝えられるものだった。
リズムの読みにちょっと不安があるが、そこをのぞけばとても良い。
ただ、綺麗な曲だけに彼女の場合は、声を抑えないようにした方が良い。
それから修飾音符をきちっと出せるように。
そして、フレーズのを終わりまできちっと発声すること。
彼女はフレーズの終わりで抜いてしまう癖があるので。要注意。

はらさん

彼女は非常に勉強家で色々な歌を良く歌うのだけど、惜しむらくは発声上の問題でブレスがとても短いことと、
高音域の響きがすかすかで、当たらない傾向になることがある。両者は関係のあることだろうと思う。

呼吸だけの問題というよりも、呼吸と声は全く一体だから、喉の使い方として声帯の合わさりと振動が弱く
そのことで響き感が少ないため、息を必要以上に必要としてしまう。特に2点Cから上の領域。

見ていると喉を使わないように使わないようにと意識し、それがために実は喉周辺に力を入れてしまっているように感じられる。
それは、例えば顎を出して歌う姿勢に顕れている。
喉を下げて開こうとするからだろうか。また、その姿勢の方が一見喉周辺が楽だからだろうか。

要するに声帯の合わさり、振動が弱い傾向が、ブレスの多用とそのことによって
結果的にブレスが足りないという循環に陥る原因ではないか?
声帯全体があまり鳴りたがっていない状態で、一所懸命高音を出すためにたくさんの息を必要とするのだろう。

響きを集めるための方途をこれから身に付けることで、ブレスももっと楽になり、表現力がもっともっと増すだろうし、
レパートリーも幅が出るだろうと思う。
もっとも少ない息で、もっとも効果的に「鳴る」響きを探して行くこと。

その為にはかなり地道な練習の積み重ねが必要ではないかな。
まず歌う際の姿勢。顎を適度に引いて、腰から背中、そしてうなじにかけて、真っ直ぐに体を保持出来ること。
歌う際に、この姿勢を崩さないこと。
喉周辺は卑屈な感じは一見なるけれども、そのことで頭の中あるいは鼻の奥で響きが感じられるようになると
今よりもはるかに少ない息で効率よく声が出せることが分かるはずだ。

そして、ハミングで前に響きを出すことと、その響きのピッチが高いことの両者をバランス良く出すこと。
母音にする場合、最初からアの母音は禁物だろう。イが良いと思う。
このイで高音域に入って喉が苦しいのは、声帯の当りが太すぎると思う。
逆に高音に入っても口を開けないで音程と響きがバランスよく出せるとしたら、
それは声帯の振動が適切に、胸声と頭声のバランス良く行っている証拠である。

もう一つは、唇を震わせる、いわゆるPrrrという方法か、巻き舌、Trrrrで
2点F以上の発声を練習すること。これは喉の力みを抜いて、かつ響きを出すのに結構効果的だ。

曲はブザッティのpupilleteから。
有節歌曲で、素朴なマドリガーレ風。
何か勢い込んで歌うのだが、全体に単調で抑揚に欠けてしまう。
彼女の高音域の発声やそのことによるブレスの持ちと関係があるのだろう。
例えば出だしのPupilletteのPuだけでも息漏れが妙に多いと思う。

後はブレスの問題で音楽が、妙に早く息せき切って歌うような感じが
聞いていてちょっと疲れる感じになる。
現時点では、ゆっくりと練習して、ブレスの取りかたに間合いが持てるようになれば
まったく変わってくるだろう。同じ早いテンポでもゆったりと落ち着いて聞ける歌になるだろう。

モンテヴェルディの””Si dolce e l’tormento””は流石にモンテヴェルディ!
巨匠の作品だけある、と感じた。
何よりイタリア語の朗唱の響きの美しさが、シンプルな下降形の長く続くフレーズに顕れている。

Pupilletteもそうだが、イタリア語を発音する快感をものにしてほしい。
声や発声もあるけども、もしそれが手に入らないとしても、
イタリア語の美しさを感じて、その快感に浸ることが出来れば、歌っていても楽しいはずである。
言葉の繰り返しや、特徴的な開口母音の響きを充分意識して欲しい。
言葉の意味はほとんど関係ない。言葉の音の響きを何度も何度も朗読して感じて欲しい。

ヴィヴァルディ””Io son quel gelsomino””は、高音が弱いながらも綺麗に音程がはまっている。
ただ、まだブレスが持たない傾向の箇所がいくつか残る。
テンポが問題になったが、今日やった遅めのテンポの方が声は良いし、高音も決まりやすいだろう。
早目の方も、それなりに軽快で良かったが、それでもブレスの長さの解決にはあまり繋がらなかった。。

たかはしさん

彼女に関してはやはりとても歌が上手くて、そつなく歌えるけども、当初は声の芯が細くて、歌も芯が細い印象があった。
課題はまだ2点Fくらいから上の高音が細いこと。
元々それほどスピントな喉ではないから、無理は禁物だが
もう少ししっかり出せるはずだし、高音域でも喉が上がらないポイントを覚えられると
例えばダイナミックがPの声でも、もっと安定するだろう。

今日はハミングの中音域を練習した後、イの母音で2点bくらいまで昇ってみた。
喉が上がりそうな音域では特に口を丸くして、唇の効果を狙ってみた。
自然に喉ががっしりと落ち着くので、喉の上がらないしっかりした頭声の高音が出やすいと思う。

彼女は2点Fくらいから、どうしても口を横開きにする癖があるので
そのために、喉が上がりやすい。そのため、芯が細くなりやすい面もある。
ちょっとした口の使い方や、姿勢、この場合やはり顎が前に出ないように注意することだけで
かなり改善されるだろう。

曲はヘンデルの””Vadoro pupille””から。
伴奏を付けて、ゆったりと大らかな音楽にしたが、ブレスも持つし声量も充分出ている。
この勢いが後は本番でも生かされれば、今の時点では上出来、ということになるくらいであった。

やはり特に中低音域は、顎が前に出ないようにしないと、不用意な浅い響きが出てしまうのが
興醒めになる。
この響きの違いが分かれば良いのだが。。。
高音は余裕があるのが、逆に出しすぎて響きがすっぽ抜けるような箇所がいくつかあった。
頑張らないで綺麗にきっちり歌えば良いと思う。

後半は、少しテンポアップするということは良いが、速過ぎないように。

モーツアルト「ドン・ジョヴァンニ」のエルヴィラのアリア。
レシタティーヴォはこれも伴奏がついて、良くなった。
声の勢いもある。
問題はアリアのテンポ。
早い方がテンポ感が良くなって、このアリアの意味が出るが、声に余裕がなく
声量、響き共に少し損をする感じ。
指示通りのAllegrettoにすると、ちょっと間延びした印象。

結果的には、早めのAllegroで行くことになったが、まだ模索したい。
こちらが思っているよりも、優雅さの少しある色気を大切にする、ということかもしれない。

みねむらさん

彼女もちょうど1年半だろうか、はらさんより少し前から通ってくれるようになった。
つい最近まで、発声に迷いがあって、遅々とした進みだったが、この1ヶ月でとても良くなって来た。
迷いがあったのは、こちらもなのだろうと思う。

結局今、落ち着いたところは、胸声区の声をきちっと出すこと。
高音になるほど鼻腔へ響きを持っていく感覚。
喉が上がらない、顎を引いた姿勢。となる。

まあ、書いてみればシンプルだけど、これで良い感じになれるのは
今までも色々なことをためつすがめつやった経験も物を云っているから
こちらに通ったことは決して無駄ではなかったと思っている。

低音から上向5度でハミング、そして母音のイ。そして開口母音で、という順番は変わらない。
今日は2点C前後の不安定感もほとんど出なかった。

後は姿勢、顎を出さないこと、顎で喉を支えて喉を開いて出すということを気をつけて欲しい。
軟口蓋の上がり方、あるいは鼻腔への響きを入れる感覚はもっともっと必要だから。
それさえ、確実になればほとんど言うことはないくらいである。

それでも、その意味とやり方がわかってきて、積極的になってきたのが何よりだ。

曲はアーンの””Quand la nuit n’est pas etoilee””
低音は、声量、息の力というよりも、しっかりと顔面に当てること。
基本はハミングでしっかり前に当てることが出来たら、そこから母音にしてみること。
スコーンと抜けの良い低音が出れば成功。

そういう低音~中音域の声で歌ってほしい。
今はまだその鼻腔に響く声が弱いので、やり過ぎるくらいでちょうど良いのである。
そのうちちょっと出せば自然につぼにはまるだろう。
そうなってから、声のコントロールをしてほしい。

この曲の高音である、2点F~Gくらいは、顎を下げて喉を開く必要はほとんど無いだろう。
むしろこちらも鼻腔へ響きを入れるくらいでちょうど良い。その方が音程もはまるのである。

後は長い音符の3連符は均等に、ソルフェージュを大切にして欲しい。
それだけでフランス語の言葉の抑揚がきちんと出るから。

フォーレの「イスパーンのバラ」も同じようなテーマになる。
こちらは、それでも中低音は大分良いが、この曲の高音域のフレーズは、特に喉が上がらないように
注意して、顎を締めて、声を前にあるいは頭で歌うように。
口先を開いてアーティキュレーションするのではなく、軟口蓋を開いて頭の中で響きを作るようにして歌って欲しい。
中低音域は、何といってもピッチである。
ピッチが決まるのと決まらないのとでは、音楽がまるで違って聞こえるくらいである。

それから、子音の発音と母音の発音の素早さ切れの良さがもっと出ると、綺麗なのだが。
特にLの子音の発音発声には切れの良さを注意して欲しい。

ヴェルディのトロヴァトーレ””Stride la Vampa””
出だしは確か1点Gで、Pの指示の綺麗なフレーズだが、これこそピッチを大切にした声にしてほしい。
ピッチを正確に高く出す、ということだけで、ニュアンスは自然にPになるのだと思う。
後は細かい小さなトリルをきちんと出すこと、長いトリルもなるべく最後まで出し続けるように練習して欲しい。