例えば、腹式呼吸。

お腹を膨らます、と一言言えば、お腹を出っぱらかして、力んでいる。
これでは、お腹に力は入りますが、横隔膜をコントロール出来ない声の出し方になりますね。

お腹を出さなければ(膨らまさなければ)横隔膜は下がらないではないか?という文章を読んだことがありますが
これも、私から言わせれば、文章に正確さが欠けていると言わざるを得ません。

お腹を出す、といっても、どこを出すのでしょうか?
お腹といっても、お腹のどこなのでしょうか?

実は、へそから下の下腹部を引っ込めるようにして息を吸うと、胃の辺りは出るのです。

このことで、私が勘違いしていたのはカミーユ・モラーヌ先生のお腹でした。
彼はいつもレッスンに行くと「触れ!」といって、ブレスをした状態のお腹を触らせてくれたのでした。

胃の辺りがしっかりと出ていました。驚くほど!と言っても過言ではありません。
初心者の私は、そのことだけを真似して失敗しました。
胃の辺りが膨らむ意味がわかっていなかったのでした。

本当は、先生のお腹が膨らむとき、胸郭も同様に膨らんで(開いて)いたのですが、
そのことに考えが及ばなかったし、フランス語力も未完成でした。

私はお腹が膨らむことだけに目が行き、呼気の力を使えない、喉だけが下がった胴間声になっていました・・・声はでかくなりましたが、音楽的な声ではなかったのです。

ところで、彼は日本では歌曲歌手として有名ですが、若い頃はオペラコミックで職業歌手として生計を立てていました。
オペラコミックは、フランスのグランド・オペラも時として上演されましたが、どちらかと言えばオペレッタが良く上演された劇場でした。

彼がそこで学んだことは、テアトルの歌手として声が客席後方まで良く通ることと、歌詞が明快に聞き取れること、だったのだろうと思います。
ですから、彼の発声法はサロンだけで通用する小作りな声ではなく、オペラやオペレッタで通用する発声を基本にしていたことは想像に難くありません。

彼の録音だけを知っている皆さんは、彼の声がテアトルの声だって!?と思うでしょう。
あれは、録音技術で非常に綺麗に作られたものだと思いますよ。

若い頃の彼の声が軽い傾向だった、ということを差し引いたとしても、本当の彼の声は身体をしっかりと使い切った声でした。
事ほど作用に録音というものは、本当のことを伝えないものなのです。

先生が良く言っていたことに「フランスの声楽家が育たなかったのはサロンのせいだ」というのがありました。
これは、耳にたこが出来るくらい聞かされました。

要するに、お金持ちの館の100人くらいの良く響くホールや、サロンで声をそれほど張らなくても、スノッブな雰囲気で歌を歌っていれば、
お小遣いがもらえて、良い気持ちになっていたせいで大きなテアトルで通用する声をもてない歌手が多くなった、ということを言いたかったのだと思います。

この話は、実は正確さを欠いていると思いますが、そういう正確さではなく、彼が言いたかったことは、フランス歌曲を歌うからと言って、
サロンでだけ通用する声にはなるな、という戒めとしてだったのだと思います。

閑話休題

次回、このお腹の使い方に就いて更に追及したいと思います。