MT

マックス・ジャコブの5つの詩の合わせでした。
最初の通しは、前回レッスン時に比べると、全体に音楽が流れる傾向でした。
それで、1曲ずつのテンポ感や表現を確認して行くように確認して行きました。

ところで、それぞれの曲は、その歌詞がどのような気持ちで内容を語っているのか?
という詩の中にいる語り手の感情があります。

それらの感情は、プーランクが音楽として出しているのだ、と思います。
ただ、作曲家が出しているものを、そのまま伝えようとするのは難しいと思います。
言い方を換えるとすると、余計なことをしないで伝わるかどうか?というと、
この曲に限って言えば、強調しないとなかなか伝わらないと思うのです。

この辺りは、台詞と台詞を語る役者の語り方の関係に似ています。

強調するためには、テンポの緩急であったり、音の強弱であったり、あるいはアクセントなどもあるでしょう。
そのことに付加して、歌詞の語り具合もあります。
歌詞の語り具合には、子音発音も参加しているでしょう。

それらの指示が楽譜にあれば、更にはっきり出すべきですし、書いてなければ音楽から感じ取った物を強調すべき、と思います。

特にレッスンで上記のように指示したわけではありません。
彼が繰り変えし練習して行く中で、自身でつかんで行きました。
だから、良かったと思います。

最終的には、この歌曲が持っている、夢の中を彷徨うような魅力が、充分に感じられる演奏になっていましたから。
本番は、どうぞ思い切り出しきって歌って下さい。成功を祈っています。

IS

発声練習から始めましたが、いつになく声の調子が良かったです。
母音をAで始めましたが、いつもは少し気息的な声で始まる響きが、良く声帯の合わさった声になっていました。
ヘンデルのMio caro beneは、以前は厳しかった高音の声が、きれいに響いていました。
かといって、強過ぎず、明るく音程の良い声で、この曲の美点が良く判るものになっていました。
テンポ感がピアノと歌とでずれがあったので、その点を調整しました。

モーツアルトのDans un bois solitaireは、良い声で歌えましたが、中低音でピッチが少し♭気味になることがありました。
声は良い当たりを聞かせてくれるのですが、やや太く当たりガちになるため、♭気味に聞こえます。
この辺り、良い声と音程の関係というのは、必ずしも一致しない点もあるため注意が必要と思います。
特に、歌っている者の感覚としては、良く響いている声になるため、良いと思うわけですが、
そういう場合に、以外に音程が♭気味である、という感覚も持っていると良いでしょう。
ただ、今回は、単にピッチの注意ということで、上手く対処は出来ていたと思います。

中田喜直「むこう、むこう」は、明るくほのぼのとした雰囲気が良く現れた演奏になっており、とても良い仕上がりになりました。
それほどポピュラーではないですが、中田喜直の個性あふれる佳品と思います。

当日はくれぐれも良い声の準備をされて下さい。
夜は良く寝ておくこと、当日は適度に声出しをして、喉を温めておいてください。
声の調子さえ良ければ、成功だと思います。

ST

伴奏合わせでした。
伴奏合わせでは、特にモーツアルトのドン・ジョヴァンニのドンナ・アンナのアリアが
調子の良い声量のある歌声になっていて、これは良い!と思いましたが、突然喉の不調が出てしまいました。

これは今考えると伏線があって、その前のイタリア古典のDeh piu a me non vascondeteの声の表現で積極的に、ということを言ってからなのでしょう。
本人としては、自分のキャパシティを超えて頑張ってしまったのだと思います。
ただ、聴いている分には、そうとは思えずぎりぎり、良いラインを保っていると思いました。
この辺り、私の判断力不足と言わざるを得ません。

この喉は良い意味で使うことと、喉の痛みを感じることは、裏表紙一重であり、技術的な注意が必要です。
一番の原因は、お腹の使い方が足りていないのでは?と考えていますが、どうでしょう?

声を出している間、お腹の支えと喉頭(喉仏)が不要に動かないような姿勢、フォームをどのように意識されているでしょうか?
ブレスの時だけ横隔膜が動いて、出した瞬間に緩んでしまうと、喉も緩みますので、結果的に歌っていると喉が締まって、不要な動きが喉頭に与えられて、痛みを感じてしまうでしょう。

これを書いて思いついたことは、本質的に声に勢いが弱めであるのは、息の流れが止まり気味だからではないか、という気もします。
これは、声の響きだけに意識が行って、歌いながら自然に息を流す、吐く、という意識が弱いのではないでしょうか?

楽譜上のリズムに合わせて、歌詞をささやき声で語る練習をすると、歌う時に息をフレーズのテンポに併せて吐く意識が生まれると思います。
このとき、もちろんブレスから声出しに至る準備、お腹の支えは同じように使います。
声を出さなくて良いので、練習の価値はあると思います。
やれるだけやって、当日は良く喉を温めてから来てGPに臨んでください。
そして、本番は思い切り良く歌ってくれることを期待しています。

SM

本番前、最後のレッスンで伴奏合わせでした。
結局、今まで積み上げて来たことが、ようやく最後の最後に出来上がり、私も喜んでいます。
どんなに難しくても、やれば出来る!と私は信じて教えていますので。

フォーレの「5月」「トスカーナのセレナーデ」そしてデュパルクの「フィディレ」いずれも、リズム感とフレージングの作り方が
課題でした。
フレージングは基礎がリズムですから、やはり歌におけるリズムをどう扱うか?と言うことに集約されたと思います。

フォーレの「5月」は、フレーズの終わりの伸ばしとブレス、そして次のフレーズの始まり、という関係に、ある種のリズム感が必要です。
フレーズを早めに切って、早めにフレーズが始まる、という具合だと、テンポ自体が先に進んでしまう弊害もあるでしょう。
このリズム感をどこで感じるか?といえば、ピアノ伴奏だと思います。

前回も書きましたが、ピアノ伴奏のアルペジオのリズム感と歌との関係を、良く守って表わせれば、自然に美しいこの曲が表出してくるということ。
とても古典的な書法ですから、このような曲で、この面を美しく表現出来れば、どんな難曲でも、対処の仕方が見えてくるはずです。

「トスカーナのセレナーデ」は、これも、前回のテンポをゆっくりにしたこと良く効きました。
やはりこの方が彼女の歌は、音楽も歌詞も良く判るものになりました。

このリズム、トスカーナですが、スペイン地方にもある、民族的な音楽の要素があります。
楽譜的には6拍子ですが、実際は6/8拍子と3/4拍子の組み合わせでフレーズが出来ている感があります。
ピアノの方は、この民族的な変拍子を良く感じて弾いてくれると、この曲のだいご味が表現できるのではないでしょうか?

デュパルクの「フィディレ」は、懸案だった1ページめの表現が良いところに収まりました。
伴奏のオルガン和音の連続の淡々としたリズムの上を、漏れのないレガートな単旋律が、静かに滑る風情を出すという、単純さの難しさでした。
しかし、この曲も「5月」と同様に伴奏のリズムと声との密着した関係が成立しているかどうか?なのです。
自分が歌っている間、伴奏の和音がどのように自分の歌声に絡んでくるでしょうか?
そのことが感じられれば、自ずと今日の成果が本番でも得られる、と思います。

集中はお客さんではなく、自身に心の目を向けて無になって演奏に集中してください。
先のことを考えるのではなく、歌っている今その瞬間だけに集中することです。

MM

最後の伴奏合わせでした。
ロッシーニの「亡命者」は、とても良く歌えていました。
ただ、一番最MiaのAの母音になる響きは、細く高く当てるとどうしても喉に来そうなのかな?
あと一歩音程感が詰め切れない感が残りましたが、きっと本番は上手く行くと信じています。

この曲、とてもイタリア的な感性に包まれています。
装飾音符的なフレーズ中の跳ねる音符や、フレーズ最後の修飾音符的な動きに、それを感じます。
余裕があったら、そういう特徴をもっともっと強調してみてください。

「さびしいカシの木」も、ほぼ言うことのない良い出来でしたが、これも強いて言うなら、クラシック的な声の響きは意識しても良いでしょう。
シのナチュラルの声の響きが、やや直接的なので、もっと共鳴感のある奥の響きが良いかなと思いました。
これに関しては、こもった声になる弊害もありますが、共鳴のある響きはうまく行くと、上品なつやのある声を作るのでトライして下さい。

「月夜のララバイ」も、今までで一番良い出来だった、と思いました。
長丁場で、結構高音のチェンジ近辺が連続する、きつい曲ですが、以前に比べると、はるかに喉の対処がうまく行くようになったと思います。
最後の「おやすみ」も、声のことは心配ありませんから、この歌詞の気持ちを大事にして歌えば、何の心配もないです。
成功を祈ってます。