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グノー「ロミオとジュリエット」より「神様!何という旋律が..愛よ私に勇気を与えて」と、トマ「ミニヨン」から「私はティターニア」の2曲を練習した。
二曲とも良く歌えていたが、換声点近辺で喉が絞まる傾向があるのと、中低音の換声点を越える辺りの声質の違いが目立っている点が、以前と変わらないなという印象だった。
喉が強いのか?彼女の発声は全体にフォルテ傾向で歌うことが多いと感じた。
2曲とも歌唱指導というよりも、ボイストレーニング的指導に終始した。

初見での伴奏が難しいので、ざっと通してから無伴奏で部分を練習していった。

彼女の声は基本的にピッチが良いので、中低音で強く太く出しても地声っぽさがなく良い面がある。
ただ、そのことが換声点近辺から上にかけての発声に影響を与えているように思えた。
つまり力みである。
他所からもコロラトゥーラ・ソプラノとして中低音をメゾのように歌っている悪影響を指摘されたらしい。

となれば、ということで中低音をどのように発声するか?という部分を練習した。
それは、どこをどうするとどうなる、という単純な発声を行って、その感覚を覚えて再現していくことにある。

2点の方法があって、簡単にはその調性の5度上ないしオクターブ上の声を出してみて、出した声質を絶対に変えないで低音まで降りて行く方法が1つ。

もう1点はは、口を開けたハミングで低音発声からピッチを正確に当てて出してみる。
そして、ピッチが決まったハミングの響きが出せたら、その口の開け方を絶対に替えないで舌を咽頭から外して一気に母音に替えてみること。
そうすると、ピッチの高い明るい母音が出るはずである。

このようにして練習した低音域の声は、耳にビンビン響く声ではないことが判るはずである。
つまり軽いわけである。

フレーズを歌っていくとき、特に低音から高音にまたがる大きなフレーズでは、最初に力みがある発声だと、高音にかけて必要な力が出せないままで発声するために、喉が絞まったり、あるいは裏声度の強い声になってしまう。
つまり広い音域を歌う声にとっては、どこにエネルギーを注ぐか?という発想で考えれば、中低音にエネルギーを注がずに、中高音から高音へというところにポイントを置く発想が必要ということではないだろうか?

もう一点、細かいパッセージ、例えば8分音符や16分音符で跳躍度の高いフレーズを歌う、いわゆるヴォカリーズのフレーズあるいはメリスマの際に、スタッカートを覚えておくことは有用であること。
それは、声を軽く扱う方法を知る意味でも有用である。

それでスタッカートのフレーズを練習してみたところ、予想外に重い声だった。
不審に思い尋ねると、腹筋を意識して動かして出していたのであった。

それで指導したのは、腹筋を意識して動かすのではなく声を出すと後から腹筋がついてくる、という発想に変換することであった。
つまり主役は発声であること。

このためには、ブレスの際に正しく横隔膜が運動していることが大切である。
下腹部は少し力を入れて支えておきつつ、上腹部は柔軟にして息を入れると、結果的に上腹部が膨らむはずである。
その状態をキープする意識で、歌を歌うと、歌った呼気に応じて横隔膜は弛緩していくために、結果的に上腹部はへこんでいくという具合である。

この方法が発声においてなぜ合理性があるか?というと、歌というフレーズの呼気を意識で管理せずに筋肉そのもので管理しようとすれば、時間に即応すべき対応が遅れるであろう。
お腹の筋肉をぼこぼこ動かしてしまうと、それだけで音楽的に遅くなるし、声も重たくなる。
なぜなら余計な呼気を声帯にぶつけるために、声帯が自然に分厚く閉じようとするからである。

修正方法としては、お腹は止めて口の中で息を吐く意識だけでスタッカートをすれば、お腹の筋肉は自然についてくるのである。
最初は息をハッハッハと吐く練習をしてから、その息を声にして練習してみると判りやすいだろう。

このようにして出したスタッカートの声は、軽く頭声成分の多い声になると思う。
これをもっと重い芯のある声にするには、お腹ではなく喉そのものの扱い方を変えなければ出来ない。
つまり息混じりになる声を、どれだけ息混じりを減らしていくか?という発想である。

今日の練習は、結局発声の基本におけるとても重要なこととなった。

つまり呼吸法が根本にあって声を作って行くという順番である。
これが表面的に出した声のことだけで練習していくために、偏った体の使いかたになってしまうのだと思う。

改めて呼吸法から見つめなおして、良い意味で軽い発声を覚えてから声を重くしていく、という順番を見つけるべきであろう。