かさはらさん

今日は良い歌を聞かせてもらった。
ミュージカル「キャンディード」さすがにバーンスタインの曲。
なかなか見事なコロラチューラ作品になっている。
それがいわゆるクラシックではなくて、現代的な色々なジャンルの音楽の集大成になっている。
出だしのモティーフはクルト・ヴァイルの作品、三文オペラをほうふつとさせる。

彼女の声は、確かに中低音が良く響く声だが、高音域もやや薄いながら、綺麗に結構な高音域まで良く回っている。
彼女の声は明快な色があって、この曲を歌うとなかなか色っぽい女ぶりを見せてくれるのが嬉しい。
どちらかというと暖色系で温かみのある声色である。優しい性格と芯の強さがある人なのだろう。
別に私が嬉しがっても仕方がないが、音楽の妙というのは不思議で歌う曲とその人との相性というのか、生き死にが出てくる。
彼女にはとてもお似合いだろう。

ところで発声練習。
低音から中音にかけて、チェンジがなかなか上手く出来るようになっていて、かなりな低音まで使える声になっていた。
前回もその感を強くしたが、中低音はメゾといっても良いくらいである。
その割には高音域がすぐに薄い響きに変わる傾向が強い。喉を気にするのだろうか。
多分細い共鳴のある響きに慣れていて、声帯を使う発声を生理的に避けてるのかもしれない。
少し声に色を付けて前にしっかり出す高音も少なくとも3点Cくらいまでは練習して慣れておいても損はないだろう。
実際、キャンディードなどでも、そういう高音が必要な場所が結構ある。

発声は何ということはしなかった。5度下降、上向、高音域で早く廻す2度+下降5度や、アルペジオの3度5度オクターブのアルペジオなど硬軟取り混ぜて。オクターブは低音で当てすぎると高音が細くなり易い。
少し覚えて欲しいのは高音に上がるほどクレッシェンドして響きを大きなパラシュートが開くようなイメージに持って行くことである。

それにプラスして今度はその逆に彼女の本来持っている息の混ざった柔らかい頭声の練習で口の開け方と当て所を意識して、2点G~Aくらいで共鳴のある響きを探すことも強い武器になるだろう。
オとかウなど狭母音を利用して探してみて欲しい。

曲は前述のキャンディード。ピアノ弾くのが精一杯だし、長い曲だし、教えたことのない曲だったのであまり大したことは言えないが、良く歌えていたと思う。
最後の方に上向形の半音階のフレーズが低音から高音2点Asにまたがる箇所があった。
上手く回らないらしいが、高音の2点Asから逆算した低音の出し方、すなわち低音にチェンジしない軽い低音を意識して入らないと、上に向けて昇る時は回りにくいのではないかな。軽く入ることである。

次にフォーレのLe parfum imperissableこれまた逆に渋い曲である。
彼女の声がフォーレの曲にお似合いであることを発見。非常に好印象。
惜しむらくは、中音域の声で不要なビブラートがやや多いこと。

旋律を考える時に、一つ一つの母音の響きよりもフレーズ全体が一本の響きという線で繋がっているイメージを大切に。
例えば、Quand la fleur du soleil,la rose de Lahor.と1フレーズ歌うとしたら、特にFleur du soleilという
一繋がりのニュアンスがとても大切なのである。ここは音符で言うと8分音符2つ+16部音符2つ+付点16部音符の繋がり。
8分音符二つ分の長さは次の16部音符にかかっているわけで、独立した存在ではない。
ということは、Fleur du soleilという2つの名詞をDeという格助詞で繋いだ一つの言葉のフレーズである。
そういう一繋がりの言葉のフレーズの勢い、流れというものが更に倍加して更に大きなフレーズになっていくわけである。

言葉の朗読をすることが、歌に与える影響というのは、上記のような意味で点しか見せない音符の視覚的なイメージを線につなげる大きな原動力を与える点にある。
歌のリズムは音楽のビートと共に言葉のリズムが必ず内在するのである。
この辺りのことが判ってくると、彼女は相当な武器を得て素晴らしい歌曲演奏者になれるだろう。
声は充分に良い。これからはフレージングを更に磨いて行って欲しいと思う。

最後にモーツアルトのDove sonoを。
レシタティーヴォは、アクセントは上手くなった。更に感情の強さをはっきりと出して欲しい。
アリアの入りのモティーヴの緊張感、ピアニッシモはとても上手い。綺麗だ。
高音も臆することなくしっかりと色のある前に出る声が使えている。
まずは安定した良い伯爵夫人になった。当初は軽いのでは?と危ぶんだが、どうしてどうして堂々たる歌いっぷり。

それにしても、意外なほど良く出る中低音の艶かしい響きは、ドビュッシーの後期の歌曲もかなり歌えるだろう。
「ビリティスの歌」「フランソワ・ヴィヨンの3つのバラード」など、想像するとなかなか素晴らしい演奏が期待できそうである。

くらのさん

彼女も結論から言えば、とても良くなった。
何が良くなった、といって中低音の声。
それに中高音の声も喉を閉めないで無理なく軽く出せている。

彼女の言によれば、歯の矯正をしたせい、とのこと。
それだけで突然良くなることもあるだろうが、今までの積み重ねもあるだろう。

こちらも根気強く教えたが、彼女も嫌にならずに、根気強く通ってくれた。
ともかく当初は舌根の力みが強く、声を喉の方に向けて押し下げる傾向が強かった。
そのため、声がこもってしまい、音程がも♭になる傾向が強かった。

今でも気をつけないとそういう傾向があることはあるのだが、今日の発声練習はとても有効だったと思う。
Nという子音は声を鼻腔に導く良い子音である。
鼻声は気をつけないといけないが、これも人によるだろう。
元々も鼻声になり易い人であれば、そういう練習は必要ないからである。

Ninninという具合にイの母音だと下あごを使わないので、彼女には好都合である。
それを応用してNyanNyanで、下あごを下げないで練習すれば、軟口蓋を嫌でも使うようになるだろう。
後は、LでもNでも子音を付けて、下あごを使わないで中音域を徹底的に練習。

それから、彼女固有のことだけど、口は横に引いたほうが良い。
それは、彼女の場合は縦にあける癖があるので、舌根に力が入り、喉を下げすぎてしまう。
口を横に引けば、喉は下がらずに、むしろ頬が自然に上がるから、軟口蓋が上がって、当った声明るい声になり易いのである。

この練習が上手くはまって、今日の中でも中田先生の「霧と話した」は、ニュートラルな演奏に変化してとても良かった。
ニュートラルという意味は、この曲は元々が短調で悲しい曲だけど、声をそのままその雰囲気で出すと彼女の場合ますます声がこもってしまう傾向になるからである。
そういう意味でこの曲を選んだのである。

それが実にすっきりと淡々と良い音程と軽い声で、歌えるようになった。
高音も無理なく出ている。バランスが良くなった。

この調子で日本歌曲を前回やった「あんずの花の匂う夜」「流れの花」「浅き春に寄せて」と歌ってもらった。
声は決して声量が豊かではないけれど、まずは中音域が綺麗に音程良く処理して歌えるので、ピアノを伴奏しても安心して弾けるまでになった。
まずは今まで苦労したことが実って本当に良かった、という所には到達出来たと思う。
今日の発声をくれぐれも良く覚えて、次回も再現して欲しい。