仕事でアメリカ在住だが声楽を習っている。帰国途中で一度見てもらいたいということでいらっしゃった。
小柄で華奢な身体だが、思ったより声が出る方である。
ただ、どうも喉の力みがあるようで、中音域に共鳴がある。
そのポイントが低い音域なので、気になる。
というのも2点C辺りに共鳴があって、そこより上に昇ると、急激にすかすかした響きになるし、喉がひっかかる感じ。

多分喉側を下げる意識が強く、高音に上りたくても喉を閉じ込めてしまっている、というイメージ。
エの母音、あるいはイの母音などで、喉を下げない発声を心がけてみること。
それから軟口蓋側を高く上げる意識を強くするために、頬を良く上げること、そして頬だけ上げると喉が上がりすぎるので
今度は下あごを下げること、の両者のバランスを取ること。
これは喉の状態や声の状態と相談して、そのバランスを考えていくことが大切だ。

軟口蓋側を上げるバランスが弱いと、基本的に音程がはまらないし、高音の抜けが悪くなる。
また、下顎側を下げる、あるいは喉を下げる力が強すぎると、喉は開くが音程が♭になる傾向。
こういうことを声あるいは喉の感覚で探していくことである。
勿論、人に聞いてもらって判断する必要はあるが。

ヘンデルのVadoro pupilleを聞かせてもらった。
綺麗に歌えているが、声のビブラートが細かくやや縮緬みたいになる。
発声でもその傾向はあるが、歌になるとそれが少し強く出てくるようである。
これについては、その原因は究明できなかった。
お腹を使って息を綺麗に滑らかに吐ける事、そしてそれがそのまま声になるようにすること。
それだけ練習して、声を力まないで息の力だけで自然に歌声になるようなイメージをいつも大切にしてみてほしい。
恐らくどこかの力みであることは確かだろう。

基本的に声楽は確かに結果的に声量が出てくるものだが、それだけが目的ではないし、本来その人その人によって違うものだから、何が何でも声を出すことだけに目的化しないことである。
恐らく無意識で、力んで声を出すことが癖になって、喉頭やその周辺の力みになっているのだろう。
一度癖になるとなかなか取れないが、なるべく今のうちに意識して取ってほしい。

それは、例えば中音域の発声も微妙にそうだが、軟口蓋を上げることを意識しすぎることで、喉を下げる力もかなり強く働いてしまい、結果的に喉から口の中を強張らせてしまうことになっていることもいえる。
発声が浅くなっても、まずは口の中を力まないで、楽に当てて楽に発声してほしい。
ただし、お腹はしっかり使う方向を考えることだろう。
それから、高音域で下に踏ん張り過ぎるよりも、上に向けて声を開放していくイメージを大切にして欲しい。踏ん張るだけだと、声量は出るが
声の明るさや音程に難が出るし、コントロールが効かない声になってしまうだろう。
高く明るくすっきりした声を目指して欲しい。

いそがいさん

発声練習は下降形で始めて、少し昇って降りて上向形。
予想以上に力みが取れて音程も好かった。
元々下顎から喉が力む傾向が高音のチェンジ直前辺りにあるのだが、それも程度が軽くスムーズになっていた。
低音も音程も良く明るい高い響きが出せてきている。

シューマンの「女の愛と生涯」から1,2,3と歌ってもらった。
勿論伴奏付きである。

出来が良かったのが1曲目。少し重めの始まりが大切。
荘重な雰囲気がほしいからだ。
ピアノは歌に合わせて軽くならないでテンポを守って欲しい。

2曲目は、ピアノ前奏の出だしの8分音符の刻みが大切。
ここがきちっとしないと、歌も上手く入れないしリズム感が出てこない。

2拍子の元気の良いマーチ風のリズムを念頭に入れて言葉を喋れば元気が良くて明るいこの女性の心情が伝わるだろう。
そのままで歌えば良いのである。

3曲目は、やはり歌詞の表現と音楽を考えれば、素早く落ち着きなく喋るというところにこの曲の表現の肝があるだろう。
言葉を素早く喋ること。それを練習して欲しい。
最後のところは、きちっとブレスを取って、間合いを持たせて次の高音のフレーズは充分に伸ばして欲しい。

暗譜は可能なので、今回はぜひとも暗譜を目標にして欲しい。

はらさん

発声練習を少し。高音は基本的に慣れてきた、という印象。3点Cまで軽く出せる範囲にまで広がってきた。
やはり中音域、特に1点b直下の音程がやや♭気味になる。またこもり勝ちである。

武満徹の「○と△の歌」は、前奏から充分に入り込んでいること。
ABAという形式であるが、Aの部分はお客さんに直接語りかけること。
中間部は自分の思いを独白しているスタイルだ。お客さんと遠くの空を見上げる一人の思いの違いが演奏にはっきり現れることで音楽表現の形が明快になるだろう。

日本語は、不必要に深い発声は好ましくないと思う。
「まるい」という言葉のウは外国語のウとは違うと思う。
ただ、この発声は喉だけでなくて、軟口蓋がきちっと上がっていないと響きを出すのは難しいだろう。
西洋風のウであれば、喉だけでも一見対応できるからである。

「素晴らしい悪女」は、昨日のテンポ設定でレガートに歌うことでとても雰囲気が良くなったと思う。
子音のタイミングなどは、機械的に捉えないで全体的な雰囲気の中で、結果として良ければそれで良いだろう。
子音の扱いは単にリズムだけではなく、自然な語感との兼ね合いだし、歌手だけの問題だけではないからである。
伴奏の対応もあるだろう。

「小さな空」は冒頭のアカペラのテンポがゆっくりで、自分で自分の首を絞めることになってしまう。
意識して、すっきりと3拍子一つ振りの意識で、さっさと歌って丁度良いくらいである。
3番?(あるいは最終コーラス)は少し遅くしても良いかもしれない。

最後にベッリーニの「愛の妙薬」からテノールとの二重唱。
どこからどう切ってもベッリーニというくらいベッリーニ節の効いた音楽だった。
彼女の声の基本が中音域にあるため、そこからチェンジ超えると急速に声の色や共鳴がなくなっていくために、どうも頭でっかちの反対で、腰の据わった歌になるために高音域の妙味が足りなくなる。
中音域、出しやすい所でガンガン歌わないで、高音ほどガンガン歌うぞと、思って丁度良いくらいである。

うちのさん

今日は大分発声のことをやった。
主にやったことは、中低音域の声を明るく出すこと。
高音域の響きを更に増すこと。

彼女の中高音域は、悪いわけではないが、基本的にくちをつぐんで、こもった感じで出す。
良く言えば口を横開きにしない、深い発声だが、悪く言うと暗く何か固定的で構えたような声の出し方になる。
こういういわゆる喉側の深い発声は、エなどの舌を盛り上げる母音にすると、かなり直る。
喉が下がりたくても下げられないからである。
エの響きのままアにすることで、ともかく浅い発声に戻すわけである。
それから声を口の前に持っていく発声である。
これも別に難しいことではなく、喉や口の中から声を外側に出してやる。
他にもあれやこれややったが、基本的に声は明るい声を出すことである。
そしてそういう声を出そうと思うことで、まったく自然に明るい声になってくる。

音楽の表現にニュートラルということはないが、もし感情表現の幅が悲しいものから明るいものまである、とすれば、基本的に明るいものをニュートラルとして持つことで、暗い表現はいとも簡単に出来るようになるのである。
その反対で、暗い声がニュートラルになると、明るい表現は非常に難しいのである。

もう一点は高音域。
非常に素直な発声で、2点G以上は、無理のない綺麗にチェンジした声を持っている。
ただ、何もしない声なので、少し響きを付ける練習。
一つは身体を積極的に使うこと。
そして、軟口蓋を上げて喉も開くという口の中のバランスとリンクさせて高音を更に倍化させるようにする。
高音に昇る上向フレーズ、ドミソやドレミファソなどで、上に昇るほど息をしっかり出していくこと。
そして上顎から上を高く上げていくこと。

また、そのために胸を広げるように、あるいは下腹部を入れて行くように。
高音を積極的に息を使って広げることで、音楽のあるいは声楽の魅力が倍加するだろう。

曲はSe tu m’amiから。
中音域が、気をつけないと響きがぶら下がってしまう。
頬を上げて、上顎から上で声を響かせるようにする意識と、下腹部が緩んでいないこと。
特に下降形のフレーズであれば、最後までお腹を緩めていないように。
高音の昇るフレーズでは、高音はなるべく発声練習でやったように、上に行くほど広げていくように。
そのために、多少時間がかかっても、そういう高音を意識して出すくらいで、声楽の場合丁度良いのである。
あまりインテンポに拘りすぎないで、高音を良く響かせる、広げることは常に意識したほうが良いと思う。

Nel cor piu non mi sentoは彼女の声にとてもお似合いである。
それほど明るい声でもないのだが、高音域が綺麗に滑らかに出ていて、非常に気持ちが良い。
この曲の持つ少し悲しくてだけど楽天的な雰囲気が、彼女の控えめだが笛のように真っ直ぐな高音が実にお似合いとなる。
最後にAria di chiesaを歌ってもらった。
これが非常に表現力のある歌で感心した。

特にモティーブの歌い方が高音の無理のないしかし、悲しみを込めた力のある歌いっぷりである。
美しさを大切にして力みすぎないバランスの取れた歌唱であった。
再現部の同じモティーフは、PPを悲しみの強い表現として、喉が少し上がって微妙なバランスのある歌になっていた。
彼女の非常にナイーブで丁寧な正確が音楽の表現にも出ているのだろう。良く作りこんだ歌であった。

バランス的には中低音がもう少し響きが高く明るくなってほしいのは、同じである。
中低音域は、声量は必要ないが、響きをもっと完成させていきたい。