今回もラヴェルのシェラザード全曲を伴奏合わせとなった。

ところで発声をするとやはり高音が重たくなり勝ちである。
曲を歌ってもらっても感じることだが、意外と彼女は重い声の出し方になる。
とはいえ、声帯をびっちり合わせて鋭く強い高音というのではないが、下を開けるバランスが強いので、そう感じるのである。

それで再度下降形で高音の練習をしなおした。
そうすると、声がスリムになって高音が綺麗に音程が良く、回りやすい声になる。
2点Cくらいを基準に考えて、それ以下は胸を意識し、それ以上は軟口蓋を上げて上を良く開く発声に照準を当てると良いと思う。
そういう使い分けは、一般にどうか?という意見もあるが、彼女の場合下の声は上が良く開く傾向にあるので、胸に楽に降ろすくらいでちょうどよいのである。
そうすることで、喉、声帯をリラックスさせて中低音も声が揺れないで、良く響くだろう。
また、彼女の嗜好するある種の歌曲などに、音域的にも声質としても、向くのではないだろうか。

とはいえ、高音もコロラチューラが出来るくらいの喉である。
なるべく高音は高い細い軽い響きに照準を合わせるべきだろう。
そういう使い分けをしたとしても、声が分離してしまうということも無いと思う。

曲の方は、ほとんどが音楽の作りこみに終始した。
何しろこの曲、特に1曲目は長丁場でテンポの変化が大きい。
テンポが速いテンポに変わってから、ピアニストさんは前のめりに段々早くならないように気をつけて欲しい。
遅めのテンポのところは、大分良く作りこみが出来てきた。
後は、早いテンポのところである。
要するにどんなに速いテンポでも、正確にぐらぐらと動かない、先に進むほど早くならないようにすることである。

また、1曲目の前奏部分は4分音符40とかなりゆっくりである。
ピアニストさんは、漠然としないできちっとその重いゆっくりなビートを感じて弾いてほしい。
導入に当たる歌の部分は、ほとんどレシタティーボである。
ピアノは歌手の語りに任せれば良いだろう。
次の付点4分音符50による、ゆったりとしたピアノ伴奏の低音の波のような動きに大切な音楽が込められている。
そこから初めて歌、アリアになると思えば良いだろう。

後は、どの曲にも言えるが、どこをどう切り取ってみても、細部にわたるまでしっかりと神経を尖らせて
音楽を作りこんで欲しい。これはピアニストの大切な仕事である。
いい加減なリズム、打鍵は有り得ないと思って欲しい。

例えば2曲目の最初のトレモロは、音量が大切なのではなく、細かいトレモロの打鍵のタッチがきっちり出せているかどうか?
が大切である。音量のためにタッチや打鍵による細かいリズム感が消滅してしまうのは本末転倒と言わざるを得ない。

3曲目はただ単にTres Lentとあるだけである。
歌うメロディがわからなくなるくらい、遅いのはこれもおかしい。
特にこの3曲目前奏のピアノの低音の伴奏形は、1曲目の歌の導入部からの引用だから、それを想起させるテンポ感が基本になることは論を待たない。

ラヴェルの音楽は細かい積み木細工か精巧な時計の小さな歯車やばねなどの集積のような音楽である。
細部に神は宿る、というくらい、細部をきっちり積み上げて行くことで、大きな全体を作り上げてほしい。

さいとうさん

彼女の声は、このところ非常に安定して声量も出るようになった。
特に中高音は気持ちの良い声が飛び出してくるようになった。
彼女は曲を選らぶ嗜好がはっきりあるので、今の音域でも特に問題はないし声質も良いのではないか。

強いて言えば、やや軟口蓋を上げたり、喉を下げる傾向が意識的にされるために、それがある種の声質を規定する原因になっている。
あるいはそれがメゾ的な声質、という印象を与えるかもしれない。
明るい声というよりも、やや暗めの影のある声という典型的なメゾ傾向である。
例えばもっと音域を延ばしたい、それが特に高音に向けてもっと高い音域を欲しいと思うのであれば、今の発声から少し換えて行く方向もあると思う。

今日は少しだけ中低音の発声をやってみた。
2点C以上の声質をそのまま中低音にも持って行く方法である。
下顎を下に降ろして、低音を良く出すのではなく、2点C以上で出す上顎の高い響きをそのまま持って行く方法である。
響きは薄くなるが、高く明るい響きになるであろう。
薄くなる分は、下顎で下に喉を下ろして響きを増すのではなく、高く上顎に響いた鼻腔に入れて前に持って行くようにして、響きを付ける方法である。
下あごを使わないで、声自体を前に押し出す感覚である。

高音域を伸ばすためには、機械的に訓練で為されるのではなく、必要は発明の母である、ではないが、そういう曲を歌いたいと思うかどうか?ということを大切にしたら良いのではないか。
それがあってこそ、の発声練習だったり訓練になるべきだろう。

今日は発表会で歌うモーツアルトの歌曲「老婆」と、「クロエに寄せて」を練習。
「老婆」は有節歌曲、いわば流行り歌と同じスタイルと思えば、言葉の意味が各節に明快に表現として出て欲しい。
そうでないと、4番聞きとおすのは辛いだろう。
増して外国語である。
昔を思うノスタルジーと今の時代に対する怒り、あるいは皮肉が、音楽として大雑把でも出てくると良い。
声が云々というほど音域の広い歌でもないが、強いて言えばトレモロが分かり難い。
トレモロはバロックスタイルのパロディだそうだが、いずれにしても、きちんとやらないと意味が出ないだろう。
トレモロに入る最初の音を良く響かせることは大切だ。
後は前回も書いたが歌うところと、語るところの差をはっきりと、くらいだろうか。

「クロエに寄せて」は全部歌うと膨大な長さの詩だが、青春時代から年老いていく仮定の愛の変質みたいなものを歌っているなかなか
含蓄に富んだ詩である。
歌になっているのは、青春時代であり、朗読を思えば明るく情熱的な思いをそのまま出せば良いのではないだろうか。
Er mattetという辺りは、ぐったりとした、という意味そのものを出すのではなく、はっきりと出すべきだろう。
というか、音楽に書いてある通りのことをやれば、逆の意味で面白い皮肉みたいな表現になるのではないかな。
オペラの音楽など、モーツアルトを聴いていると、しばしば逆説的な面白さに遭遇することが多い。
実に面白い天才的な作家である、モーツアルトは。あるいは時代なのだろうか。