発声練習の声は、2オクターブの音域を滑らかでひっかかりのない安定したもの。
最近まで気になっていた、2点F前後に突然太くなって、
2点A前後で再びチェンジのひっかかりがあって、突然3点Cで抜ける、という
声域の波が、少なくとも発声練習では綺麗になくなって来ている。
というか、ほとんど気にならないレベルになっている。

特に2点Aの境目感を更に高い響きに上手く載せる処理は、彼女の上達、声への敏感さを感じさせてくれた。
今まで良く言うことを聞いて忠実に練習したくれた甲斐があったな、と教えるものの喜びである。

曲は、トマの「ハムレット」終幕、オフェリアのアリア。
長丁場で、高音も頻繁に出てくる、なかなかの難曲である。
フランスロマン派の薫り高い音楽だ。
劇的な高音を駆使した部分と、ブルターニュ風のリズムや旋律がふんだんに流れる部分とが合体したフランス気分横溢のアリア。

ピアノを弾きながら聞いていたが、ざっと気になったのが最高音域への跳躍度が大きいと、声のアタックが遅れ気味で、
声質もやや引き気味になること。
これは一つのテクニックとしてあり、とは思うが、この曲で気になる場合は、全てその逆の表現だと思うった。
素早く、迷うことなく一気に高音に到達して欲しいところ。

それから、中間のBalladeの部分。
とても悲しいところだ。
ここのフレーズが「頑張って歌ってます」という感じで、曲の表現が出てこない。
もっともレガートに歌うことで、自然と旋律の哀しさ、悲惨さが出てくるだろう。
気が狂って歌うこのアリアの中間の、躁状態から欝に豹変した哀しさは、ビブラートが不要に付かずに一本の線で綺麗に紡がないと表現が生きてこない。とても大切な部分だろう。

後は半音階の長大なスケールが何度か出てくるが、これもただ歌わないで、半音階のスケール、上り下りする旋律の「らしさ」を
充分表すべきだろう。
同じテンポにならないで、ゆっくりから早くへ、とか、早くからゆっくりへ、という具合に音形の上下に応じた、表現、技巧を充分に
表して欲しい。
最後の2点Dは、なかなか迫力のある声になっていたが、更に上下に開いた響きが出せれば、最高だと思う。

冒頭のレシタティーボ部分は、中低音の響きをもっと深くすることで、シリアスなこの女性の心情を良く出せると思う。

こういう長丁場のアリア。声の技巧そのものも当然問われるが、同時に役柄とシチュエーションに相応しい歌唱が出で来ないと
聞いていて直ぐに飽きてしまうものだ。ああ、高音が出たよ、ああ声が転がってたよ、良く歌えたね~。で終わりになってしまっては寂しいではないか。

高音の声質や転がるところのディテールの表現力の難しさは承知の上で敢えて言いたいことは、全体を見通した上での、声による
フレーズの扱い(リズム感も含む)、声質の違いを通した役柄の心情表現を、明快に出してほしいこと。
それが出来れば、私は声のディテールが成功するよりも、演奏としては成功だと言いたい。

最後にカルメンのミカエラのアリアを。
彼女がこのミカエラの心情をどう歌うか?とちょっとイメージが浮かばなかったが、意外なほどその激しい情熱が
表現できた、あるいは今日のレッスンで理解してくれことが、嬉しかった。
非常に振幅の激しい曲である。

今まで彼女の歌からは聞かれなかった、いや彼女が歌わなかった種類に曲のせいもあるが、彼女のシリアスな激しさ、情熱感、女らしさ、のようなものが感じられる歌になった。それはアリア後半になればなるほど増して行った。

そのためには、冒頭の場面紹介に当たる、レシタティーヴォ風のくだりを、もっと表現力を高めたい。
恐ろしさ、孤独感、場所の雰囲気まで伝わるくらいに。
そのためには、声をどう扱うか?考えてみて欲しい。

高音は前述の強い素早いアタックと、柔らかいアタックとを使い分けられるようになると、表現力は倍加するだろう。
前者については、これからも精進してほしい。

きとうさん

発声は、今日も舌根の力を抜くことや、下あごを楽に降ろすこと、などを通して、なるべく脱力した喉で声を出す原点を探した。

結果的にだが、歌になった場合に、姿勢とそこからくる顎の使い方、そして結果的に鼻腔に通る響きを実感することが
出来た貴重なレッスンになった、と思う。
もうこの段階では、口で言っても駄目だ、と思い。こちらも一緒に歌って、姿勢、口の開け方、唇の使い方を教えた。
それを見ながら歌う彼女、みるみるうちに響きが変わってクリアになるのが、分かった。
大きな変化であった。

曲はイタリア古典からSebben crudeleから。
これが、発声でやったことが、なかなか反映されなかった。
一つは声が前に出てこないこと、声質がクリアにならないこと、である。
前に出ないけれども、高音になるにつれ、喉の力みが気になることであった。

どうも下顎で踏ん張るのが、気になる。
それで、こちらも一緒にやったのだが、下顎を後ろに引いて喉の響きを直に鼻腔に入れるようにすること。
これ、どちらかといえば、男性で言うとテノールの発声である。
喉頭がしっかり後ろに引きとめられて、鳴り易いし、口をあまり開けないので、響きが口から出ずに鼻腔に入り易い。

顔が前に出たり、顎がぶらぶらしていると、喉頭もぶらぶらする。
その方が一見楽だが、声帯の振動としては、弦が緩い状態で、強く弦をはじく傾向になるから、一見出ている気がするものだが
実は、喉鳴りした胴間声になりがちなのである。

顎を引く、ということは、上述の弦をしっかりコマに繋ぎ止める、ということとして理解してもらっても良いくらいである。
そうすれば、呼気自体が自然に声帯の張りに呼応して、響きと呼気との良い緊張関係を作ってくれるだろう。
そういう状態になって、初めて良い発声といえる。

次にOmbra mai fu
音域は低いが、彼女の声は地声にひっくり返らずに、どうにか保っている。
もちろん声量は出ないが、前述の発声のままで問題ない程度である。
出だしのOmbraのオで伸ばすところも、顎をブラブラさせないで、むしろしっかり引いて締めておくと、声の、あるいは息の通り道が出来て安定するだろう。後は1小節我慢してその後から一気に息を吐いていけば自然なクレッシェンドでフレーズが生き生きと伸びきれると思う。

後半のDivege tabile cara ed amabile soave piuのくだりも、最後の高音に向かってしっかりと、響きを前に通して、フォルテに向かう積極性を出して欲しい。

そして最後にフォーレのリディア。
最初はブレスが持たなかった。特に全音符分伸ばす、1番のEt si blancと、En ton seinのところは、きっちり伸ばすように。
後は、リズムの間違いを訂正。
今日の発声のこつをつかんで、全体に非常にクリアな声になり、この曲の表現に相応しくなってきた。
この調子でどんどん新しい曲も譜読みして行って欲しい。