たなかさん

半年以上前に一度来てからそれ以来。
バリトンの方。
アマチュアだが長年合唱やソロを楽しんでこられたようである。
フランス滞在も長かったようで、フランス歌曲を愛好しているのも貴重である。

以前来た時は、低い胸声が押さない声だが、いかにせん息を混ぜる傾向が強くてどうもスカスカしていたのと、高音になると喉が詰まってしまうというイメージでちょっとアンバランスであった。
また、歌うとちょっと癖があり、中音域から高音域にかけて声を飲み込むような感じ、あるいは少しこもって独特のポルタメントがかかって、曲を選んでしまうな、という印象であった。

胸声区の声を単純によく当てて発声することと、高音は少し喉を開いて
無理に鳴らさないようにというようなことをやったと思う。
ラヴェルのドン・キショット(ドン・キホーテ)の2曲目を持ってきただろうか。

今日はフォーレの「墓」を持ってきた。
もちろん低声用のキーである。
最初の印象は、声は大分まとまって全音域に渡って無理がなくなりバランスが良くなった。
ただ、ベースを意識してなのか、声がやや喉だけの作られるというか、気道の共鳴でボーボーと歌ってしまうために、やはり声質がこもって、音程も♭気味になる。
それから声を出しすぎるということがないのが、良いといえば良いが、そのために不安定だしブレスも伸び難い。
ここは弱声といっても、きちっと声を当てること、その範囲でレガート、あるいは言葉のニュアンス、音楽のニュアンスを
出すべきだろう。

喉を見ていると良く下がる喉で、お腹を突き出して立つ姿勢と共に、バス的な発声といえなくもないがバスになりたいとか、バスをイメージしているのでも無さそうだし、本当の意味でのバスという喉でもないし
歌曲を歌うのが目的というなら、喉はもう少し楽に自然なポイントと持つべきだろう。

今日は姿勢やブレスまでやらなかったが、喉を下げるバランスと共に、上顎を良く上げる、いわゆる上を開ける
発声を覚えて欲しい。
それだけで、響きが明るくなり、音程も良くなるだろう。
これもバランスなので上ばかりに注意が行くと今度は喉が浅くなってペカペカの声になるから注意はいつも必要。
要するに上と下のバランスを考えること。

とはいっても、何を基準に?と思うかもしれない。
喉は必要以上に下げよう、と思わなければ良いだけである。
ブレス時に必要以上にあくびをする喉の準備はあまりし過ぎない方が良い。
また、姿勢が大切。
舌根や下顎の使い方で無理に下ろさずに、顎をしっかり引いて首を真っ直ぐ立てるだけで喉は決まるからそれ以上、何かする必要はないだろう。
後は、上を開けるための口の開け方やそれに相応しい発音の仕方を会得して欲しい。

喉を開けるように下あごを下げることも必要だが、必要に応じてである。

「墓」だが、発音も良いし端正に譜読みが出来ている。
声の上でだが、もう少し全体に明るい声の音色の方が良いだろう。
音楽自体が充分に悲痛な気持ちを表しているから、声で二度押しするとくどい気がする。
その上、発声の面からも声が暗くなると、音程も♭気味になる。

声は、上記のように柔軟に対処できると、感情に応じて喉の深さも変化するから、言葉のニュアンスと音楽が合致してくる。
特に歌曲は声量よりもニュアンスを大切にするから、その意味でも喉を固定的に固めないことと、上顎への高い響き
上の開いた響きを心がけて欲しい。
今日の1レッスンですっかり明るく良くなった。ぜひともこれを実践して欲しい。

最後に魔笛の弁者ザラストロのアリアを歌ってもらった。
こちらは良い意味で、前述の喉を深く下げてしっかり出す発声は良かった。
やはりオペラでありニュアンスよりもキャラクターである。
そして声量も勘案すると、ある程度固定的にならざるを得ないだろう。
ドイツ語の発音、特に子音の処理はなかなか綺麗で上手いところがある。

なかにしさん

合唱団で歌っているけども、ちょっと大勢で歌うのに疲れて一人でやってみたい、ということでやって来た。
顔つきや体つきと共に小さくて可愛い喉の持ち主だが、運動神経は良さそうできびきびした印象である。

実際発声をやってみると、当初は蚊の泣くような声だったのが、すぐにとりあえずソロでも使える程度に出るようになってきた。

お腹を意識すること、最初はお腹を引っ込めると声が出るという自然な身体の使い方で始めた。
息だけを出してみること。そこから声にすること。
ある程度身体と共に声をしっかり出せるようになったら、今度は声の出方に注意。
口の開け方、使い方一つで声の音色が変わってくる。

彼女の場合、下顎に力みがあるので、響きの低いこもった声になり勝ち。
これはある程度誰でもそうだが、この方が声を出している気がするだろう。
この辺りが難しいが、お腹から声は出るが響きは高く上顎より上で処理することが明るくて高い良い響きになる。

次は高音をやってみた。
彼女も誰しもがそうであるように、2点Eを過ぎると急速に喉が締まって、声がチェンジする。
細く子供のような声になる。

ある程度の声のチェンジは良いのだが、喉が締まらないように、声の出所を低めに意識することと高音になるに連れて、喉を開くように、口を縦に開けていくように。
喉が楽に出せるポイントが見付かるだろう。
焦って出すと喉が開くよりも、喉が過剰反応して喉が締まるので焦りは禁物。

彼女は数度の練習で上手く開いた高音を少しずつ出せるようになっていた。

声に関しては、このようなわけでちょっとの練習に機敏に反応する感の良さを持っているので苦労は無さそうである。

譜読みが苦手とのことで、コンコーネを初見でピアノと共に歌ったり、AmarilliやCaro mio ben,
Lascia ch’io piangaなど歌ってみた。
譜読みが不完全なので今日は声のことまで至らなかったが、歌いながら声のことも見て行きたい。
コンコーネで譜読みの練習と発声、発声練習で基本的なテクニック、歌で実践のテクニックという3本立てで今後やってみたい。

お稽古は地道なことの連続もあるので、面白いことばかり気持ちの良いことばかりではないがある程度続けないと結果が出ない。
中途半端にならないように、ある程度の最低期間は続けて欲しい。